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追憶・桜の花21(1)

***  冬の寒さも峠を越え、夜に寒さに震えることも少なくなった。群青にとって、寝る時が最も好きな時間である。思う存分柊に触れることができるからだ。 「灯り消すぞ」 「はーい」  布団から少し離れたところにある蝋燭の火を柊が消している。橙色の光がゆらゆらと柊を照らしていて、白い肌がどこか艶かしく彩られている。すっと伸びた首筋、綺麗なうなじに群青は釘付けになっていた。 「……柊様」 「ん?」  名前を呼べば、柊が振り向く。睫毛の影がくっきりと浮かんでいる。 「消す前に、こっちに来てください」 「……うん?」  群青が手招きすると、柊は不思議そうな顔をしながらも、寄ってきた。布団に乗ったところで群青は、そっと柊を押し倒す。 「えっ……」 「……ちょっとだけ、進んでみる気はありませんか?」 「す、進むって……えっと、その……つまり、」 「いつもよりも、触れたいんです……大丈夫、しません。触るだけ……」 「ま、待ってくれ……群青……あの……」  柊は自分を見下ろす群青の視線から逃げるように、ぐっと顔を逸らした。自分を見つめるその瞳が、熱に揺れていたから。身体の奥のほうがぞくぞくとしてきて、心臓が高なってゆく。  恋人になってから、約二ヶ月。触れるだけの口付けで止まっていた。お互いにもっと進みたいと思っているのに、なかなか言い出せないし照れくさいしで、なかなか口付けの先まで行くことができない。群青のほうが少しだけ、余裕を持っているからだろうか。今回切り出したのが、彼だった。  今を逃したらまたずっと先になってしまう。ばくばくとうるさい心臓に胸が潰れてしまいそうになったが、柊も進みたいという気持ちは一緒。 「……その、……下、のほうは……ごめん、まだ……」 「うん。わかってます。本当に触れるだけです、優しく、触るだけ……」 「あ、あの……ち、違うから……怖いとか、そういうのじゃない……ごめん、群青が優しくしてくれるのは、わかってるから……でも、」 「わかってます。柊様……ゆっくりでいいんですよ。安心して、大丈夫だから……」  群青が微笑んだ。その顔に、柊はくらりと目眩を覚えた。ドクドクと跳ねる心臓のせいで、呼吸もままならない。上がってくる息、なんとかそれに耐えて……柊は囁く。 「ありがとう……群青……きて」  唇が、重なる。いつもよりも欲望をあらわにしたその口付けに、柊の体温は一気に上昇する。触れるだけのものなのに……ものすごく、熱い。薄くまぶたを開けば、じっとりと熱を孕んだ群青の視線とぶつかる。囚われた。目をとじることができなくなった。見つめ合い、熱を交わす口付けに、全身の血が茹だるような感覚を覚える。  角度を変え、何度も何度も。上がっていくる息と、不規則な口付けに、呼吸の間隔が狂ってゆく。息が苦しくて、胸が締め付けられて。ぐらぐらと視界が歪んでゆく。 「は……、あ、……」 「……大丈夫ですか……柊様……」 「……う、ん……もっと、……群青……」 「……柊様、」  群青の瞳が、揺れる。食われる、そう思った柊は、言葉を失ってしまった。全てを彼に委ねて、おかしくされてみたい。そう思ってしまうくらいに、群青の熱は、熱い。 「……舌、いれたい」 「……、」 「……口……開けて」  顔が熱い。あつすぎて、涙が出てくる。それでも柊は、群青の言葉に従った。いつの間にか従っていた。抵抗感など覚えない、言の葉に引きずられるように、唇をうっすらと開ける。そうすれば、群青が噛み付くように、唇を重ねてきた。頭の下に手を添えられて、ぐ、と唇を押し付けられる。 「ん、……んんっ……!」  入り込んでくる、舌。初めは遠慮がちだったそれも、すぐに理性から解き放たれる。咥内を掻き回すように責められて、犯されるような感覚に柊は群青にしがみつくことしかできなかった。意識を保つことでいっぱいいっぱいだ。熱く、溶けてしまいそうな……そんな深い口付けに、柊は一瞬で酔ってしまう。  でも、群青の想いに応えたかった。柊はおずおずと舌を伸ばして、群青のものと絡める。ぴく、と群青が震える。そして、突然責めが激しくなってきた。 「んッ……! ん、んー……ん、」  熱い、熱い……。もう、わけがわからない。唇の端を、唾液が伝ってゆく。はしたないことをしているんだ、それはわかっているのに、止められない。本能に引きずられる、もっともっと、深く深く彼と触れ合いたい、ひとつになりたい。どうすればいいのか、わからない……それでも柊は必死に群青と舌をまぐわらせる。 「あっ……」  唇を離されて、柊は突然の寂しさに声をあげてしまった。呼吸が一気に楽になったのに、残念な気持ちになる。 「……柊様……顔、……とろけてる」 「……群青……」 「……声も。全身、真っ赤。泣いちゃってるし。……大丈夫? 柊様」 「だいじょうぶ……」  群青がよしよしと柊の頭を撫でた。ぼんやりとした頭にそれがあまりにも気持ちよくて、柊は目を閉じてそれを受け入れる。はーはーと荒い息を吐く柊のまぶたに、群青はそっと口付けを落として囁いた。 「……続けられる?」 「……うん」 「……よかった。じゃあ……力抜いて、柊様。怖かったらすぐに言って」

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