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追憶・桜の花21(2)

 群青が、柊の着物に手をかける。  柊がぎゅっと目を閉じた。以前傷を治すために脱がそうとして、怖がられたことを思い出す。人に肌をみられたことのない彼は、相手が男であったとしても服を脱ぐことに躊躇いを示す。  しかし、柊は抵抗しない。するするとほどくように着物を脱がされていき、ただ頬を赤らめるのみ。薄く開けられた瞼から覗く黒い瞳は濡れていて、ゆらゆらと光っている。群青を見上げ、緊張を飲み込むように、こく、と喉を鳴らす。 「久しぶりですね、俺の前で脱ぐの」 「……ああ、」 「改めてみると……すごく、綺麗です」 「……男の体に綺麗もなにもない」 「いえ……」  群青が柊の胸元に、唇を寄せる。 「あっ……」  ちゅ、と肌を吸い上げると、ほんのりと紅い痕がつく。揺れる蝋燭の炎が照らす部屋のなか、光に濡れる白い肌に。 「俺の印が残る、綺麗な肌です」 「……っ」  群青の瞳に、情欲の火が灯る。柊は思わず目を逸らした。身体の芯から、ぞくぞくと震えてしまう。欲望と理性の狭間に喘ぐ、そんな群青の表情にくらくらした。  こんな顔、するんだ。これから彼に、食べられる。 「あ、あっ……」  群青が、柊の顔に口付けを落としてゆく。額と、瞼と、鼻と、頬と。愛しているという言葉が聞こえて来るくらいに、優しい口付けをたくさん降らせてきた。 「だ、だめ……群青、……」 「……怖い? 大丈夫ですか? 今日はやめておきますか?」 「ご、ごめん……うそ、やめないで……」 「……柊様……」 「ん、んん……!」  群青が柊の唇に食らいつく。ぐ、と柊が仰け反った。ぴくぴくと震える身体を掻き抱くようにして、群青は熱をぶつけてゆく。 「あっ、……は、あぁ……」  身体に、唇を滑らせてゆく。馬鹿みたいに心臓が高鳴って、胸が苦しくて。優しく、優しく触れてくれているのに、怖いくらいに感じてしまう。身体を捩り、思わず愛撫から逃げてしまって、でも群青は追いかけてくる。 「や……あ、だめ……あ、あ……」 「……柊様、掴んで」 「……!」  群青が指を絡めるようにして手を握ってきた。……あのときのように。傷を舐められることが怖くて震えていた手を握りしめてくれた、あのときのように。  柊はぎゅっと群青の手を握り返す。大きくて、力強い手に柊は安心感を覚えて嗚咽をあげ始めた。快楽で蕩けた身体を抱きしめる、安心感。溶け出す幸福感は柊を素直にしてゆく。 「あっ、あっ、……」  肌を吸われるたびに、ちらちらと視界に白い火花が散った。上半身に余すところなく口付けられ、熱がどんどん蓄積されてゆく。時折上目遣いに群青に見つめられ、視線がぶつかると勝手に身体がびくんと跳ねた。 「あ、ふ、……ぁッ、まって……群青……へん、からだ、へん……!」 「……一回、イきましょうか、柊様」 「えっ、あっ、イ……? だめ、群青、ほんと、だめ……あっ……!」  群青は強く手を握りしめて、強く柊の肌を吸った。一般に性感帯とされているわけでもない箇所でも、柊にとっては強い刺激になってしまう。柊は身体を強張らせ……絶頂に達してしまった。 「あ……ん、……」 「柊様……しっかり。大丈夫ですか」 「……群青、」  群青はぐったりとした柊の、髪を優しく梳いてやる。柊はとろんとした目でぼんやりと群青をみつめ、ゆっくりと群青に抱きついた。 「……ごめん……群青、もう……だめ……」 「……はい、すみません……やっぱり、無理をさせてしまって……」 「ちがう……僕が……こんなんだから……ごめん、群青……我慢ばっかりさせて」 「いいえ……ゆっくりでいいんですよ。俺、ずっと待ってますから、大丈夫……一緒に、気持ちよくなりましょうね」  群青が柊の頭を撫でてやると、柊は群青の首元に縋り付いて泣き出した。群青のおかげで少しは触れられることに慣れてきたけれど……やっぱり、まだ満足に性交をするのは難しい。それが、柊にとっては申し訳なくて、苦しかった。本当は群青も満足させてあげたいのに……でも、群青の愛撫が優しくて、気持ち良くて、すぐイッてしまって。 「……群青、毎日……こういうの、して欲しい」 「えっ」 「はやく、一つになりたい……だから……」 「無理、してませんか? 俺に気を使わなくていいんですよ、柊様に合わせて、」 「ちがう……! 好きだから……群青のこと、好きだから、……今の、気持ち良かった、もっとして欲しい、もっといっぱい群青に触れてほしい……!」 (はぁ、もう、この人……愛おしすぎてどうしよう)  必死になって触れて欲しいと頼んでくる柊に、群青はどうしようもないくらいの愛おしさを覚えた。きゅん、と胸が締め付けられて、群青は柊を覆いかぶさるように抱きしめる。 「焦らないでください、大丈夫、時間はありますから……でも、夜に……いっぱい触りますね。柊様……いっぱい愛し合いましょう」 「……うん」  柊は涙を流しながら、微笑んだ。  蝋燭の火を消して、二人で布団に潜る。群青の腕に頭をのせて、柊は群青に抱きつくようにして眠りに堕ちていった。  少しずつ近付いてゆく感じに、群青の胸は満たされる。今ではすっかり自分にくっついて寝るようになった柊の姿は、昔からはまるで考えられない。自分と一緒にいて変わったのだと思うと、すごく、嬉しい。 「柊様……大好き」  群青は柊を抱きしめると、目を閉じた。

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