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追憶・桜の花22

***  その日は、朝から柊の様子がおかしかった。常に緊張しているように、笑顔もぎこちなかった。 「よう、柊。元気だったか?」  柊の兄が、屋敷に訪れたのだ。真柴(ましば)という名の彼は、京にある宇都木の本家に住んでいるのだが、事前に文にて訪問を柊に伝えていた。柊は彼に久々に会うらしく、緊張していたらしい。 「兄上……お久しぶりです。大丈夫です、元気にやっています」 「おう、そうか、よかった! ずっと会っていなかったからな~、顔見たくなって! 背、伸びたか?」 「そうですね、昔の着物だと少し小さいので、背は伸びたと思います」  柊の兄がどんな人物なのか気になって仕方なかった群青は、玄関まで柊と一緒にでていった。祓い屋として柊を育てたという彼にあまり良い印象は持っていなかったが……ぱっと見た感じは雰囲気の良い好青年だ。  そして群青は、真柴の他にもう一人気になる人物がいた。真柴の隣に、見知らぬ少女がいたのである。群青がじっと彼女を見つめていると、真柴はその視線に気付いたのか「ああ」と言って彼女の肩を叩く。 「柊も会ったのは初めてだよな? 彼女は最近宇都木家の式神になった、紅だ。猫神な」  紅、と呼ばれた少女は表情ひとつ変えずにぺこりとお辞儀をした。この世の者とは思えないくらいの美少女。しかし全く表情を変えないため、可愛げはない。群青は彼女に違和感を覚えて、目を離せなかった。 「そちらの金色の髪の彼は? 容姿からすると……妖怪かな?」 「ああ……僕の式神の群青です。犬神の……」 「へえ! 柊の式神!」  真柴は群青に興味を示したように目を輝かせた。ぐい、と近付いてきて、群青を品定めをするように見つめる。まじまじとみられて思わず群青は後ずさってしまう。 「もしかして……かなり高位の妖怪じゃないか? よくこんな妖怪を式神にできたな」 「……ま、まあ……成り行きで」  柊は群青と出会った頃のことを思い出したのか、苦笑いした。たしかにあの出逢いは最悪だ。群青もつられて笑ってしまう。 「うん、ここで話しているのもなんだし……そろそろ中に入れてもらってもいいか?」 「あ、はい。もちろん」 「えーっと、群青だっけ? 悪いけど君は席を外してもらいたい。久々に柊に会ったから、水入らずで話したいんだ」 「ああ、はい。わかりました」 「紅とでも話しててもらえないか。ああ、彼女で遊んでもいいからね」 「……遊ぶ?」  真柴は群青に差し出すようにして紅の手をひいた。真柴の言葉の意図がよくわからないまま、群青と紅は置いていかれてしまう。群青は唖然としながらも、とりあえずは紅を別室へ連れていくことにした。

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