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追憶・絶望9(1)

***  群青は濡鷺と共に、小さな部屋に通された。彼のことをあまりよく思っていなかった群青は、なぜ濡鷺が自分と話したがっているのかわからず、顔色を伺うように睨みつけていることしかできなかった。しかし、明らかな敵意を向けてくる群青に、濡鷺はへらっと笑ってみせる。 「柊んこと、残念やったね」 「……一度柊様を襲っておいて、どの面下げて言ってやがる」 「……ふ、」  つ、と濡鷺がにじり寄ってきた。濡鷺が下から覗きこむようにしてあざ笑ってきたものだから、群青は苛立って舌打ちをしてしまう。 「随分とやさぐれたやないか。ええね、好きやよ。そないゆーあんたはん」 「はっ、気持ちわりいこと言ってんな、黙れ」 「そない言いなさんな。そや、もっとあんたはんの素敵な表情がみたい。ええこと教えてあげようか」 「……いいこと?」  するりと濡鷺の手が、群青の指先に触れる。爬虫類に触れたときのようなひんやりとした感覚に、群青の背筋に寒気が走った。 「柊を殺どしたん、僕なんや」 「え……」    にこ、と満面の笑みを浮かべながら言った濡鷺の言葉の意味がわからない。唖然と目を瞠る群青に、濡鷺は言い放つ。 「柊を黄泉に引きずり込んで妖怪たちに嬲らせてやったんは、僕」 「……!」  なぜ? どうして? そんな疑問も浮かばず、群青は衝動的に濡鷺に掴みかかっていた。胸ぐらを掴み、畳に押し倒すと、妖術で焼き尽くしてやろうと手に力を込める。しかし、濡鷺は顔色ひとつ変えずに、からからと笑うのみだった。 「待ってよ。僕に怒るんはお門違いってモンどすえ」 「ああ!? 何がだよ! 殺したのはおまえ同然だろうが!」 「ちゃう。柊を殺どしたんは宇都木や」 「は……?」  濡鷺は群青の腹を蹴りあげると、ひょいと起き上がる。よれた着物を直し、くすくすと嗤った。 「直接的に柊を殺どしたんは僕や。やて、柊が死んや根本的な理由は宇都木におます」 「……どういうことだ」 「聞く?」  ふふん、と濡鷺は笑ってみせた。これを聞いたらおまえは一体どんな顔をするんだろうな、そんな表情だった。  腹を蹴られ噎せながら、群青はそんな濡鷺を見つめる。柊は生前に一度、「僕の人生は宇都木に操られていた」と言っていた。濡鷺がその真相を知っているのか。こんな胡散臭い男から聞くというのもどうかと思ったが、どうしても真実を知りたい。  群青は、静かに頷いた。 「柊は――……」  昔、宇都木家は祓い屋としての地位を揺るがされていた。優秀な力をもつ者がなかなか生まれなかったからだ。そうして今後に悩んでいるなかに生まれたのが、柊。強い力をもつ彼は、祓い屋としての未来を期待された。  しかし、柊の性格は祓い屋には向いていなかった。幼いころの柊は、大人しくも心優しい子供で、妖怪を祓いたがらなかったのだ。  だから……宇都木家は、柊が妖怪を恨むように仕向けた。嫁入りしてきたために宇都木の血をひかない柊の母にあたる女を殺し、その殺害を妖怪のものであると柊に言い聞かせる。それこそ、洗脳のように。幼い柊に、ずっと「妖怪を恨め」と言い聞かせた。  ――そうして柊は妖怪を強く恨む人間になってしまった。その恨みから、妖怪を無残に殺し回るようになってしまう。京をでて、より妖怪がたくさんいる土地へ越したあとも、柊の活躍は京の宇都木家に届いていた。柊のおかげで……宇都木家は一番の祓い屋の家系という地位を確固たるものとした。 「……それ、……じゃあ、柊様が……あんなに妖怪を恨んでいたのは……宇都木家に嵌められていたから……」 「そないゆーことやね。まあまあ、まだ続きおますから」

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