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追憶・絶望10
***
濡鷺の話をきいてから、群青はずっとなやんでいた。
宇都木が悪であると、突然浴びせるように聞かされ、どうすればよいのかわからなくなってしまったのだ。宇都木を信じていた、というわけではない。しかし宇都木がここまで酷いだなんて、知らなかった。
ただ……濡鷺の言っていることが真実とは限らない、ということもある。濡鷺は口のまわる男だ、群青のことを引っ掻き回すために嘘をついたと考えられないこともない。
「真柴様……お聞きしたいことがございます」
だから、悩んだ末に直接聞くことにした。もし濡鷺の言ったことが真実であったなら……という場合のことは考えていない。真実を知りたい一心だ。
「柊様について――……」
濡鷺に聞いたことを、真柴に尋ねてみる。
妖怪が犯人であると偽って母を殺害、そして柊が祓い屋を志すように洗脳。そして妖怪との抗争を終わらせるために柊の命を売ったーーそれらのことを、群青は一気に聞いてしまった。
真柴は、群青が話している間じっと黙っていた。しかし……次第に表情は崩れていき、最終的には笑い出した。驚く群青ににじり寄って、真柴は面白くて仕方ない、という風に言う。
「それが? 本当だとして、だから何?」
「え……」
真柴の態度に群青は固まってしまう。あまりにも、悪いことをしているという意識を感じなかったから。
「あいつがいたおかげで宇都木は今の地位を会得した……感謝してるよ、柊には。弟としてもね、うん……可愛かったね。俺の言うことはなんでも聞いてくれたから、使いやすかった」
「……」
――この男は……何を言っているんだ。
「柊が生まれてくれて本当に良かったと思っているよ。あいつがいなければいまごろ、宇都木家はどうなっていたんだろうねえ。あ~、あいつ自身自分の人生をどう思っていたんだろう。それ、ちょっと気にならなかった……ってわけでもなくてさ、まえ家に言ったじゃん? そしたらおまえがいてさ、恋人だっていうから……嬉しかったね。宇都木の贄として生きるってのも可哀想だし? 最後くらい、幸せになってくれて。よかったよかった!」
「……おまえ、」
気付けば群青は真柴に掴みかかっていた。自分たちのせいで柊が死んだのに、悪びれない様子。柊は宇都木の犠牲になってくれたのだと、喜んで言っている。
「……ふざけんなよ! 柊様をなんだと思ってやがる! 柊様は宇都木家のために生まれた贄なんかじゃない……人間だよ! もっと生きて、幸せになれるはずだったのに……それなのに、おまえたちのせいで……!」
「……あー、あー、うるさい犬は嫌いだなあ……柊、ちゃんと躾なかったの?」
「黙れ! おまえら……許さないぞ、宇都木なんて滅ぼしてやる!」
「……ふ、群青。おまえ、自分の立場わかってないね」
真柴は動じる様子もなく、ため息をつく。祓い屋として強力な力を持っているわけでもなく、群青に襲われたら為す術もないはずなのに、だ。真柴はふ、と笑って低い声で囁く。
「……伏せ」
「――ッ!」
その瞬間、ガク、と群青の体が崩れ落ちる。身動きがとれなくなり、真柴に見下ろされる状態となってしまう。……まるで、今の真柴の命令に従わされたみたいに。
「……な、」
ありえない、そう思った。宇都木の式神になる、というものはあくまで口頭で行われた契約であり、柊のときのように正式な契約はしていない。真柴の言霊に、群青が強制的に従わされるなんてこと、あるはずないのだ。
「おまえはもう、宇都木家の式神だ。宇都木の者の命令には絶対服従。逆らうなんてことはできない」
「……そんな、……なんで……!」
「群青、君は式神の契約を解除する方法は知っているかい?」
「……術者を殺す」
「んー、おしい。正解は、心臓を潰す、だ」
……そういえば、柊も契約したときにそんなことを言っていた――と群青は思い出す。しかし、だからなんだ、という思いしか湧いてこない。
「たとえ術者が死んだとしても、心臓に傷がついていなければ契約はとけていない」
「……?」
「柊の死体ねー、幸運なことに心臓は無事だったんだ。あんなに体はぼろぼろだったのに」
「……だから?」
「……まだ、わからない?」
そこまで聞いて、ある、違和感。なぜ、心臓が無事なんてことを知っているのか。心臓は体の内側にあるもの。外側からなんてわからないはず――
「……柊の心臓を宇都木家の祠に安置してある。おまえは死ぬまで――未来永劫宇都木家の奴隷だ」
「……心臓、って……まさか、柊様の体から……抜き取ったのか……」
「そうだよ。柊の死から心臓を抜くまでに少し時間を置いてしまったから……まあ、死体は腐敗しかけていたけれど。遠いんだよね、京から柊の家は」
「……、」
吐き気が、こみあげてきた。
柊を殺害した濡鷺と繋がっている宇都木は、恐らく柊の死ぬ時も知っていたのだろう――柊が死んだ直後に宇都木の使いが柊の家にやってきて(京と柊の家の距離を考えるとありえない早さでやってきた)、その場で火葬はせず死体を京まで運んだ。なぜ、すぐに焼いてやらないのかと群青はそのとき疑問に思っていたが――心臓を、抜き取るためだったのだ。
なんてむごい。どこまで柊を陵辱すれば気が済むのか。なぜ――柊がこんな目にあわなければいけないのか……
群青は怒りよりも先に悲しみがこみ上げてきて、その場にうなだれ――嗚咽を上げ始めた。
「まあ、そういうわけで。柊のところでおまえをみたときから、うちに欲しいって思ったんだよね。そうそう捕らえることはできない、高貴な妖怪だ」
真柴は高笑いをしながら、その場を去っていった。
――愛する人の敵の家に、永遠につかえければいけない。
絶望に、群青は打ちひしがれる。
もういっそ――死んでしまいたい。この状況から逃れることも、救われることもない。柊が死んだ悲しみから開放されることは、一生ない。それならば、死んでしまえばいいのではないかと。群青はそう思った。死んで……あの世で、柊に会えたら……
「……は、はは……」
太陽が、雲に隠れる。日差しに照らされていた部屋のなかは翳り、闇のなかに群青は呑まれてゆく。
「……柊様……待ってて……」
この世に、生きる意味など――もう、ない。
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