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「……」
外から一番鶏の鳴き声が聞こえる。今見た夢のせいだろうか……ひどく目覚めが悪い。夢にしてはリアルすぎる夢。自分は血まみれで、でもどこかが痛いというわけではない。周りに死骸があるから……きっと、返り血だ。身体は痛くないけれど、酷くだるくて動けない。そうして横たわる自分を見下ろしたのは――トレーシー。まるで希望の光をみつけたとでもいうように嬉しそうに涙を流した彼が、自分に手を差し伸べてくる。……そんな夢。
「……変なの」
あんまりにも現実離れしているから、きっとただの夢だ。気にする必要もない。そう思ってメルは再びベッドに横になる。外に出るなというわれているから、とくにやることもないのだ。あとで薔薇の世話でもしようとか、礼拝堂の掃除にでもいこうとか、そんなことを考えていると――コツ、と窓から音がする。
「……?」
気のせいかな、とも思ったが、もう一度音が。誰かが外から小石あたりをぶつけているのだろうか、そう思って窓の下を覗いて――メルは驚いた。
「……ノア!?」
「メルー! 今日は家にいるんだね!」
「えっ……なんで!?」
窓の下にいたのは、ノア。彼の顔をみた瞬間にぶわっと嬉しさがこみ上げてきたが、同時に疑問を覚える。この教会には神の加護の結界がはってあるはずだ。魔族であるノアが簡単に入れるわけがないのだ。
メルはベランダにでるときょろきょろと辺りを見渡してトレーシーがいないことを確認する。今、彼は礼拝堂にいるはずだが、念のためだ。
「ノア……どうやってここに入って来たんだよ」
「どうやってって?」
「いや、だから……ここ、魔族は簡単に入れないはずなんだけど……」
「え? そうなの? 普通に入ってこれたけど」
「ええ!?」
けろっとした表情でいるノアは、なるほど確かになんの苦労なしに入って来たようだ。メルがぽかんとした顔で黙りこんでいると、ノアがつまらなそうにふくれて文句を言ってくる。
「なんでメル、魔族が入ってこれないようなここに引きこもってるの。俺に会いたくなかった?」
「ち、違う……えっと……昨日悪魔に襲われちゃって、義父さんが俺を心配して……」
「なんだ! じゃあ、メル! そっちいっていい?」
「そっち? え?」
「今すぐメルのこと抱きしめたい!」
にこっと笑ったノアの顔が眩しくて、メルは思わず目を細めた。柵から乗り出してノアを見下ろせば、彼がメルの返事を待っている。
――どうして貴方は貴方なのでしょう。どうしてこの純愛に、障害ができるのでしょう。ただ、人間と魔族という種族の違いがあるだけなのに。
「ノア――来て、今すぐに」
とん、と一瞬でノアはメルの目の前にやってきた。ノアの着ているジャケットがひらりと翻り、太陽の光を反射する。あ、とメルが小さな声を漏らすと同時に、二人でその場に倒れこんだ。
「痛っ!」
「ごめん、勢いつきすぎた」
へへ、とノアが笑う。メルもつられて笑って――唇を重ねた。
きらきらとした太陽の光が瞼の裏でちかちかと。外で小鳥の囀りがひらひらと舞っている。唇を離して、視線を交わらせれば、心の踊る音が頭のなかいっぱいに響き渡る。
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