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「ミリーさん、さすが……すっごく美味しいね、これ」
「んー、そうだな」
食事が苦痛で仕方ない。
紅茶を淹れて、椛と二人でミリーの作った焼き菓子を食べているものの、全く美味しくなくてメルの気分はどん底だった。匂いはすごくいいし、椛も顔をきらきらとさせながら食べているから、やはりおかしいのは自分の味覚だ、とメルは自覚していた。
(うう……キッツイ)
味は土に近い。クッキーのじゃりじゃりとした食感とあわさって、本当に泥の塊を食べている気分だ。しかしいただきものを残すわけにはいかないという想いと、椛の前で不味そうな顔はできないと、無心になってメルは焼き菓子を呑み込んでゆく。
「……っていうかさ、椛。その赤いコート脱げば? 家のなかでくらい」
「えっ、あ、ああ……」
「教会には結界はってあるから外から悪魔は入ってこれないよ。エンジェリックジーンとかいう気配が漏れたとしても、大丈夫だと思うけど」
「あ、そうなの。じゃあ、脱がせてもらうね」
クッキーを咀嚼しながら、メルはずっと気になっていた椛のコートについて口にした。やはり部屋のなかでずっとコートを着ていられると気になってしまう。メルは椛からコートを受け取ってハンガーにかけてやると、再び隣に座った。
メルが側によれば、やはり椛は身体を強ばらせる。普段よりも食べるスピードが遅いようにも感じるし、かしこまったようにきっちり座っている。調子が狂うなあ……と思いつつ、なんとなくメルは椛をまじまじと見つめていた。
「……」
いつもコートを着ているため気付かなかったが、椛は男にしては華奢だ。首も細くて、サイズは合っているはずのシャツにはゆとりがあって。肌は白くて、その黒髪が映える。
(なんか……)
椛がコートを脱いだ瞬間から、メルは胸がもやもやとするのを感じていた。枯渇感……とでもいうのだろうか。じっと椛をみつめていれば、ざわざわと胸が騒いで、喉が乾いてくる。
「なあ、椛」
「えっ……」
気付けば、メルは椛をベッドに押し倒していた。椛がぶわっと顔を赤らめて自分を見上げてくる。ころんと転がっていった食べかけのクッキーには目もくれず、メルはそんな椛を凝視した。ドクドクと血が茹だるような。初めての、この感覚は――
「……椛。ちょっと、味見してみていい?」
――空腹。
「あ、味見って……ひゃっ……」
メルが椛の首筋に唇を這わす。そして甘咬みをするように軽く歯をたてて、ぺろりと舌で舐め上げた。
メルに密かに想いを寄せていた椛としては、嬉しいような……でも、急すぎてびっくりしたような……そんな、複雑な心境だった。メルがノアと付き合っていることも知っていたから、なぜメルがこんなことをしてくるのかわからない。それでも、メルに襲われていることが嬉しくて、抵抗できなかった。
「……」
「め、メル……?」
「……あー……甘い」
「あ、あま……?」
「足りねえ」
「えっ……ん、んんっ……!?」
ふ、とメルが身体を起こす。一瞬見えた赤い目は、どこかぼんやりとしているようにみえた。しかし、すぐにそれは見えなくなる。メルが椛の唇を奪ってきたのだ。椛はパニックになりながらも、おとなしくその口付けを受け入れる。舌まで入り込んできて、もう頭が真っ白だった。
「んっ、んんっ……」
するりとメルの手が服の中に入り込んでくる。ぞくぞくっ、と痺れのような感覚がはしって椛は身体をくねらせた。こんなことをされたのは初めてで、この感覚にどうしたらいいのかわからない。でも、たまらなく気持ちよくて、身体が勝手に動いてしまう。
「ふ、あ……」
身体を起こしたメルが、じっと椛を見下ろす。緩く微笑んだその表情は、見たことのないようなもの。唇についた唾液をぺろりと舐めとる仕草に凄まじい色気を感じて、椛はくらくらとしてしまう。
「あっ……メル……」
ぐ、とシャツをたくし上げられて、胸にキスをされる。乳首を甘噛みされながら吸われると、じんじんとしてすごく気持ちいい。手首を掴まれてシーツに押し付けられて、椛はくたりとしてメルの愛撫を受け入れる。
「あっ……ああっ……メル……」
「あー……もっと、欲しい」
「メル……もっとして……あんっ……」
じろりとメルが上目遣いに椛を見上げる。そして、にいっと微笑んだ。とろとろに蕩けた椛の顔を、物欲しそうに見つめてくる。今、自分がどんな顔をしているのかわからないが……感じてしまってメルのことを欲しいと思っているこの顔を見つめられることに、恥じらいを感じた。
「メル……もっと、もっと……」
「……」
「もっと僕のこと……」
「……椛、」
メルにぐちゃぐちゃにされたい。そう椛が願ったとき。ふと、メルが椛の名前を呼ぶ。そして――ハッと弾かれたように、勢いよく椛から飛び退いたのだ。
「……っ、え、俺……今、何を……」
「え……?」
顔を強張らせて、メルは震える声で言う。服を乱してベッドの上に横たわる椛を見て、さっと顔を青ざめさせた。
「な、椛……ご、ごめん……大丈夫か……?」
「……メル?」
ドクンドクンと、心臓が嫌な感じに跳ねる。ただならないメルの様子に、椛は不安になってしまった。身体を起こして、そろそろと彼に近づいてゆく。そうすればメルは、ビクッと身体を震わせて、ぶんぶんと首を振った。
「ま、待って……近付くな……俺、また変なことするかもしれない……」
「ど、どうしたのメル……?」
「今、俺……意識飛んでた……」
一瞬前の自分の行動に、メルは心底怯えていた。そして、そのとき感じていた空腹感――今まで感じたことのないような、強烈な渇きに、恐怖を感じた。椛の身体を舐めたときに、舌の上に甘い甘い甘美な味が広がって……もっと、もっともっと欲しいと思ってしまったあの感覚。それは性欲とは違う……「食欲」に似た感覚だ。
「ほんと……ほんとにごめん……椛……今日は……帰って欲しい……」
「メル……」
「早く……! 俺、まだ……欲しいって思ってるんだ……怖い、怖いから……またおまえを襲いそうだから、早く出て行って……ごめん……」
身体を丸めてガチガチと震えるメルに、椛は従うしかなかった。別に襲われることは構わないのだが、メルがそれを拒絶するなら……ここは、大人しく帰るしかない。
メルに何が起こっているのだろう。椛はメルを観察するようにじっと見つめながら、ハンガーにかけられた赤いコートを身に纏う。
「……!」
ふ、とメルが顔を上げた。椛が赤いコートを着た瞬間、なんとなく異常に身体の中に蠢く枯渇感が薄れたような気がしたのだ。しかし、ここで椛を引き止める気にもならず。心配そうな顔をして部屋から出て行く椛に、また謝って見送ることしかできなかった。
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