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メルの部屋に入るなり、椛はそわそわとして落ち着かなかった。あまり物の置いていない部屋をきょろきょろと見渡していつまでも突っ立っているものだから、メルは苦笑してベッドに座るように促した。思えば椛を部屋に招くのは初めてだったな、とここでメルは初めて思う。
「思ったより、片付いているんだね」
「散らかっていると思った?」
「うん……」
メルが椛の隣に座れば、びくりと椛は肩を震わせた。何をそんなに緊張しているのだろうと、メルは椛の心を知る由もない。ほんのりと顔を赤らめていることにすら、気付けなかった。
「あ、そうだ……これ、ミリーさんからもらってきたんだ」
「ん……ありがとう」
椛はさっとメルにバスケットを差し出した。中をあけてみれば、焼き菓子がはいっている。ミリーは近所にすむふくよかで気の良い、お菓子作りが趣味の女性だ。バスケットからたちあがるふんわりとしたいい匂いは、いつもなら食欲をそそられるところだが――正直、今のメルにとって、そうではない。
――まだ、味覚は治っていなかった。
「あ……紅茶、淹れてくるから、待ってて」
「うん、ありがとう」
メルは立ち上がって、部屋をでる。紅茶も、なんだか泥水のような味がするから飲みたいとは思わないのだが……客人の手前、嫌そうな顔をするわけにもいかず。椛に悟られないようにため息をついて、メルはキッチンにむかったのだった。
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