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――季節が変わる。薔薇は、新しい枝に花をつけていた。
「わあ……」
その花は、メルが育てていたものと同じように、深い赤の花弁を付けた、立派な花だった。椛は嬉しさのあまりマードックを呼んで、その花をみせつける。マードックは薔薇をみるなり、驚いたような顔をしていた。
「すごい……ここの薔薇は、こんなに美しい花をつける薔薇だったのか……」
「メルがいたころは、ずっとこんなふうに綺麗に咲いていたんですよ!」
「そうですか……よかった、貴方がきてくれて。この薔薇たちも歓んでいるでしょう。再びこんなふうに咲き誇って……きっと、嬉しいはず」
マードックは目を細めて、薔薇の花のひとつひとつを見つめている。
「……そうだ、椛くんは……どうしてここの薔薇を育ててくれようとしたの?」
「え……メルの、残したものだった、から」
「メル……そういえば椛くんは、メルに恋をしていたんだったね」
教会に通ううえで、椛はメルのことも彼に話していた。まだメルへの気持ちをふっきることのできていない椛は、マードックに尋ねられて微かに瞳に影を落とす。
「……はい、彼はもういませんけど」
「よかったね、メルに恋をして」
「え?」
「君はメルに恋をしたから、こうして薔薇に愛情を注ぐことができたんだ……君がメルに恋をしていなければ、この薔薇はずっとしおれていたかもしれない」
言われてみて、椛はもう一度薔薇をみつめる。メルの育てていた、薔薇。もう一度あの頃の美しさを取り戻したくてこの薔薇を育てることにしたけれど……今、季節が変わって咲いているこの花はまぎれもなく、椛が育てた薔薇だ。メルへの恋心によって駆り立てられて育てた、薔薇。
「君の恋は、たしかに君の中で生きている。メルがいなくなったとしても」
そっと薔薇の花弁に指を伸ばす。触れれば、薔薇が笑っているように、揺れた。
そっか、この薔薇は僕がメルに恋をしていなければ咲いていなかったのか。
悲しくて、受け入れられない運命。それでも、いつの間にかその運命が新しい愛情を生んでいる。あのときああしていれば、こうしていれば……そう考えているうちに、目の前には新しい運命が見えていた。
「……これからも、ここにきて薔薇のお世話をしてもいいですか」
「ああ、もちろん」
ノアに出会ったメルは、一体何を咲かせたのだろう。彼はノアに恋をして……幸せを手に入れた。哀しい運命のなかで、人間と同じような幸せを手に入れて、そして死んでいった。彼は自分の運命を憎まなかっただろう。父親の最期の言葉を笑って受け入れた、彼は。
じゃあ、僕はそれを否定するのだろうか。メルへの恋心は報われなかったけれど、だからといって彼の運命を否定してしまうのか。どうにかしてメルが生きているという未来が欲しいと思ってしまうけれど、今、彼の運命の痕に、自分の咲かせた薔薇がある。
「……メル、そのうち教えてね」
この薔薇をこれからも世話をしたなら、なにかわかるかもしれない。メルが愛したこの薔薇を、再び美しく咲かさてあげられたなら、きっと――
「きみは、天国でノアとどんなお話をしているの」
――この運命を、僕は受け入れられるのかもしれない。
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