350 / 353

   獣のような王子、と呼ばれている。  ローズヴィル王国は、王の圧政によって苦しめられている国であった。頻繁に内乱も起きている、治安の悪い国である。ローズヴィルは王都こそ美しいが、王都を離れれば貧民街が広がる……そんな国であった。  そんなローズヴィルの王子の名はロランという。ロランは権力に溺れて好き放題やっている王子として有名であった。  ロランは民のなかから美しい女を見つけては王城へ呼び出し、夜伽を命じる。女に飽きたら処刑してしまう。そして新しい女を見つける……そんな男だ。  その日のロランは、珍しく一人の夜を過ごしていた。寝室で、一人ベッドでまどろんでいると――コンコンと窓からノックの音が聞こえてくる。 「――なんだ、こんな夜、……に……」  思わず窓に導かれたロランであったが、その音の異常さにようやく気付いた。ここは城の上階。ここの窓を叩いてくるなんてありえないし、兵士たちの目をどうやってかいくぐってきたというのか。ロランは枕元に置いてあったナイフを携えて、ゆっくりと窓を開ける。  窓を開けるとそこにいたのは―― 「や、今晩は。王子様」 「――は?」  一人の青年であった。  羽織っているローブをはたはたと風に揺らして、にっこりと微笑んでいる彼。もちろん――ロランは彼を知らない。 「何者だ、貴様」 「何者……? うーん、なんだろうね。強いて言うなら――盗賊?」 「盗賊だと!?」  盗賊と名乗られれば、ロランが警戒するのも当然だった。ロランはナイフを構えて、じろりと彼を睨む。 「ああ、待って待って。べつに今日は何かしようと思ってきたわけじゃないんだよ」 「だったら何をしにきた!」 「王子様に興味があって。どんな顔してんのかなーって見に来ただけ」 「ふざけるな! そもそも貴様、どうやってここにきた!」 「べつに特別なことはやっていないよ。するするーっと、ここまで登ってきた。俺、結構身軽なの」  男はにこにこと笑っていて、特に敵意を感じなかった。ロランは毒気を抜かれそうになったが……それでも怪しい男への警戒はとかない。 「ねえ、王子様。もっとこっちに来てよ」 「は、何が目的なんだか」 「そんなにピリピリしないで。星が綺麗だよ。一緒に見よう?」  近づけば、何をされるのだろう。不意を突かれて刺されるのだろうか。怪しい男に「こっちに来て」と言われて近づくはずがなかった。  なかったのだが。  なぜかロランの足は彼へ向かう。  彼は自分に何もしない――そんな確信が、何故かあったのだ。  男はロランが近づいてくると、嬉しそうにニコッと笑った。そして、窓の外を指さして「ほら」と言う。 「――……」 「王子様は星を見たことはある? ろくでもないことばかりやっているらしいじゃん。星も花も太陽も……美しいものを愛でるなんて気持ちはなさそうだよね」 「……余計なお世話だ」  ――たしかに、星が綺麗だ。  ぼんやりとロランが夜空を見上げていれば、男がふっと笑う。 「ねえ、俺、エルヴェっていうんだ。よろしく」  彼の名前を聞くと、ロランは彼に向き直った。その瞬間――ちゅ、とキスをされる。 「――は?」 「ははっ! 変な顔! じゃあ、俺はもう行くよ。きみの顔を見れたことだし! じゃあね!」 「あっ……おい待て! ……エルヴェ!」  男――エルヴェは、怒鳴るロランを無視して窓から飛び降りた。ギョッとしたロランだったが、エルヴェは身軽にひょいひょいと城の屋根を飛び移ってゆく。あんな身軽な人間いるのか……と呆気にとられていたが、それよりも。  なぜ、俺はアイツにキスをされた……?  エルヴェのわけのわからない行動に、ロランは混乱するのであった。

ともだちにシェアしよう!