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01:シリルとジーク

 しぬことがおそろしいとおもったのは、はじめてだったよ。  ぽつり、呟かれた言葉に、ジークは振り返らなかった。ただひとつ、ふうん、と相槌を打って、ベッドに突っ伏す男に勝手に喋らせておく。二人の会話は大概がこんな調子であった。内容がどんなことであれ、だ。  そのことに、はじめの頃はちゃんと話を聞いてるのかと憤慨していたシリルも、最近は文句を言うのをやめた。と、いうのも、愛想のない生返事しかしない割に、ジークは以外にもきちんと話を聞いているのだ。それこそ、なんてことない一言ですら記憶しているくらいには。であるから、今更なにも文句もつけることなくシリルは話す。  なんだか、死ってものが、今までピンときてなかったんだよ、物心つくまえから身近な人が死んでいくのは、当たり前の世の中だったし。  その言葉に、ジークはぴたりと手を止めた。音もなく机に横たえられたペンに、シリルは気付くことなく続ける。  遅かれ早かれ、死は誰にでも平等に訪れると知ってからは、何事もどうでもよくなっちまって。  紡がれる言葉からは、なんの感情も感じられない。まるで喋るという能力のみを与えられた、それ以外なんにももたない人形のようだと、ジークは振り返ってシリルを見る。シリルは相変わらず、力なくベッドに突っ伏していた。  ルーファス様に救われてからもそうさ。万人に死を与え、いつかはオレも死ぬ。当たり前のように、いつか死ぬのさ。  そんなもの、恐れるだけ無駄だろうと呟く背中に、なにごとか投げ掛けようと口を開きかけたジークだったが、これといって今のシリルに届きそうな言葉は思い当たらず、そのまま口を閉ざした。二人の会話は、聞いていないのは実はシリルのほうであった。なにを言おうと、不安に塗りつぶされた心を吐き出すシリルには届かないのだ。とはいえ、それを彼が吐き出すことが出来るのは自分の前だけであると知っているジークは、シリルを止めようとはしなかった。  ……でも、今日は、怖かったんだ。  目の前まで迫った剣が、恐ろしかった。  僅かに感情の入り交じった声に、ジークはついに立ち上がった。古びた椅子がぎしりと悲鳴を上げたが、シリルはそれも耳に入っていない様子で、それを知っているジークはシリルのすぐ後ろまで歩み寄った。それでもシリルは気付かないのか、興味がないのか。ただ滔々と、語る。  初めてだったよ、あんな恐怖。目の前で燃え盛る業火にすら熱いとしか思ったことないのに。  そう語る現在は最早、死の恐怖に怯えるというよりも、初めての感情に戸惑い制御出来ない感覚に拗ねているように見えた。相変わらずベッドに預けられた力の抜けた体を、ジークは後ろから抱きしめる。ぴくりと跳ねた肩に、ああこれで声が届くようになったかなと思ったジークは、シリルの耳元に唇を寄せ、それって俺のせい? と、囁いた。  訳がわからないといった表情でジークを振り返ろうとするシリルの耳元から唇を離さずに、俺を置いて死ぬのは、恐い? と問う。そこで漸く納得したように、ああ、と息をついたシリルを呆れたように眺めながら、ジークはシリルの答えを待った。  死ぬのが恐ろしいってヤツは、こんなふうに愛するひとがいるからだったのか。  いや、まあ、それだけじゃないだろうけど。そんな理由もあるだろうさ。  どこかずれたシリルの見解に溜め息をつきつつ答えてやると、溜め息なんて聞こえてなかったように、そうだなあ、とシリルは思考を巡らせる。暫くして、おまえは、オレを遺して死ぬことは恐ろしいのか。なんて問うてくるシリルに、ジークは、あのなあと深く息をついた。  何度言ったらわかるんだ、俺は別におまえを愛してないし、愛さないよ。  それは常々愛を語ってくるシリルに対して毎回のようにジークが返す言葉で、しかし未だにシリルは諦めていなかった。今回もその答えに特に気にした様子もなく、オレは他の誰が死んでも少し悲しいくらいだけど、おまえが死んじまうのは、おまえを喪うのは恐ろしいよ、と宣った。ジークは、そう、とだけ応え、シリルは続けた。  だから多分、それと同じくらい、死ぬことが恐ろしいんだと思うんだ。オレが死のうとおまえが死のうと、オレがおまえをうしなうということには、変わりがねえから。  なんとなく強引だなとジークは思いながらも、どうやらシリルの中では完結したらしい話に、ああ、そうだな、と相槌を打ち、抱きしめる腕からシリルを解放した。むくりと起き上がったシリルは、くるりとジークに向き直る。  じゃあ、つまりは。  ジークの双眸をジッと見据えて、シリルは提案した。  オレがおまえを殺しちまえば、オレは死を恐れる必要はなくなるわけだよな?  あんまりにも真剣な顔で告げられた言葉に、ジークは、そーかもな、と投げやりに呟いてひきつった笑みを浮かべることしか出来なかった。

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