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「さて、ラズワード。だいたい君の戦い方は見せてもらったよ。君の使っている魔術は、治癒魔術の応用系のものだね。攻撃を当てることで、相手の細胞分裂を暴走させ、異常再生をさせることで身体を破壊する。そんなところかな」
「……っ」
「治癒は水魔術の最も基本的なもの。魔術をあまり学ばない者でも扱えるから、水の魔力をもっていれば誰でも使用できる。とはいっても、水の魔力を持つ者はほぼ低い地位にいて、魔術を学ぶことができないからそれしかできないともいえる。……それゆえに、水魔術はそれしかできないと誤解されがちだが、そんなことはない」
「……?」
「世界は水に溢れている。俺は水魔術は知識さえあればなんでもできる最も使い勝手のいい魔術だと思うよ。……ラズワード、その体でもって覚えるといい。そして君は最高の剣奴になるんだ」
ノワールが短剣をひと振りした。ラズワードは何か来る、と身構えたがそれは全く意味をなさなかった。いきなり視界がゆがみ始めたのだ。何事だと慌てたが、その歪んだ視界のなかで、輝く何かがこちらに向かってくるのを察知して、跳ね返そうとしたがそれは叶わない。
「……これは……!」
その輝く物質は、地面から生えた氷の柱であった。ノワールからラズワードに向かって、次々と生えている。躱せなかったラズワードの脚はその氷に巻き込まれて身動きがとれなくなってしまった。どうするべきかと迷っている間に、ノワールの刃が迫ってくる。
「これらの魔術は君でもつかうことができる。これから直に俺が教えてあげるよ」
「……施設で、か……! そんなの……」
「君は俺に結局傷を負わせることができなかった。そろそろ終わりにさせてもらう」
一撃目をなんとか剣で防いだが、その攻撃は重く、受けた右手に激しい痺れが襲う。怯んではいられないとすぐに剣を振ったが、もう遅かった。間合いに入り込まれ、そのまま剣をもつ右手を刺されてしまう。
「……うっ」
ノワールはラズワードが落とした剣を、地面につく前に左手でつかみ、そしてそのままラズワードの首に突きつけた。
「……ついてきてもらおう、ラズワード」
「な……」
視界が一気に狭まる。強烈な目眩に耐えられずラズワードは倒れこみ、そのまま意識を失ってしまった。ラズワードの体が地面に叩きつけられる前にノワールは腕でその体を抱き寄せ、アベルを呼び寄せる。
「持ってろ」
「錠つけといていいっすか?」
「ああ」
アベルはラズワードを受け取ると、その手に手錠をつける。その脇でノワールが武器をしまっていると、小さな呻き声のようなものが聞こえてくる。
「……ま、て……よ」
「……!」
アベルはその声のした方をみて、小さく舌打ちをした。そこには、地にひれ伏し、大量の血を流しながらも神族を睨みつけるグラエムと、そんな彼を必死で止血してるレックスがいた。
「ラズ、は連れて……いかせねぇ……! そいつは、俺たちの……ごほ、……仲間、だ!」
「あれ、まだ生きてたの? 仕方ないなあ。楽にしてあげるよ、喜んでね」
アベルはにっこりと微笑んで、銃を取り出すとその銃口をグラエムに向けた。レックスが慌ててグラエムの前にでて彼を庇おうとしているのを見て、アベルは鼻で笑う。
「んなことしたって、あんたもの体なんて貫通しちゃうって。ま、二人しておさらばってことで。神族に逆らったら死刑。知ってるでしょ?」
「……まて、アベル」
「はぁ?」
今にも引き金をひこうとしたアベルを、ノワールが制した。
ノワールはグラエムとレックスのもとへ歩み寄る。グラエムは荒く息を吐きながら、目前まで迫ってきたノワールを睨み上げた。
「ラズを……返せ……」
「グラエム、まて……!」
レックスが静かにグラエムを制し、地に手をついた。そして、頭を地面に擦りつけ、叫んだ。
「ノワール様……どうか、この者の無礼をお許しください……! 命だけは……!」
「どけ」
「……っ!」
冷たく頭に降り注いだ声に、レックスは全身の血が凍るような寒気を感じた。見上げれば、表情のない仮面が見下ろしている。
「ノワール様……!!」
「聞こえなかったのか、そこをどけろ」
僅かに凄みを増した声に、レックスは腰が抜けてしまった。そんながくがくと震えるレックスの横を、ノワールは横切っていく。
「……ぐっ」
ノワールはしゃがみこむと、グラエムの髪を掴み、上を向かせる。その苦しさに息を詰まらせながらも、グラエムはノワールをにらみ続けた。
「君は、俺たちを憎むか?」
「……な、あたり、まえだろ!」
「たとえ、俺たちを憎む存在が、君ただ一人になったとしても?」
「……?」
わけのわからない質問に、グラエムはもちろん、その場にいる者がみな頭にはてなを浮かべた。どう答えたらいいのかわからず目を瞬かせるだけのグラエムに、ノワールは言葉をつなげる。
「君が今見たように、俺たちの行いはとても清いものなんかではない。ではなぜ暴動が起きないんだろうね。逆らうものがいてもいいと思わないかい?」
「……それ、は」
「簡単だろう。俺たちの力が圧倒的すぎて、皆恐れ従っている。そしてそうして反逆心を押し殺しているうちに、いつしかその俺たちへの憎しみが消えていってしまう」
「……」
「君は今、直に俺たちの力を知った。そして周りの人々は今俺が言ったように憎悪を忘れてしまっている。周りの者は君に賛同しない。君の心のなかにも憎悪には止めをかける恐怖が存在する……それでも、君は俺たちを憎み続けられる? 偽りの忠誠心にのまれないでいられるかい?」
その場にいた誰もが、ノワールの言葉に耳を傾けていた。心に違和感を覚えながら。
その言葉は正しい言葉でありながら、なぜか違和感しか覚えない。
おそらくは、ノワールが言っているからである。この言葉は、その憎悪の対象の頂点にたつ者が言う言葉ではない。そのはずだからだ。
グラエムの頭の中にぐるぐるとノワールの言葉がめぐる。
今目の前で腰を抜かしているレックス。神族に怯える人々。
神族がこうして権力をはびこらせている中で、力を持たない自分だけが反抗したところで……
「……ノワール様」
グラエムは血に濡れた唇を噛み締めた。言葉を待つノワールを真っ直ぐに見つめる。
「オレは……」
ふと、頭に浮かんだ。淡く微笑んだ、ラズワードが。
目の前で、連れ去られようとしている彼。どんなに手を伸ばそうとも、きっともう彼には届きやしない。
じゃり、と地面の砂を握り閉めた。
「――オレは、貴方たちを絶対に許しません」
グラエムの言葉に、辺は静まり返った。空気が凍りついたともいえる。
神族の二人は今にもグラエムを殺してやろうかという殺気を放ち、レックスは口をパクパクさせている。しかし、仮面をつけているノワールの表情は全くわからない。それでも誰もが、その仮面の下の顔を想像できた。――グラエムは、殺される。
皆、そう思った。
「……そうか」
しかし、仮面の下から溢れた声は、皆の予想に反した優しいものだった。まるで、安堵でもしたかのような。グラエムも死を覚悟して言ったものだったから、ぽかんとしてしまう。
「……え」
そしてさらに、次の瞬間の出来事にグラエムは唖然とした。腹の激痛が一気に消えたのである。
ノワールが治癒魔術をかけたのだ。
あまりの驚きに何も言えないグラエムをおいて、ノワールは立ち上がる。そしてそのまま背を向け、二人の神族のもとへ行ってしまった。
「ちょっと、ノワール様……どういうことですか」
アベルは少し怒ったようにノワールに言っている。
「どういうことって?」
「だから、さっきのあいつへの質問! 意味がわからないんですけど」
「ああ」
アベルが気になっているのは、グラエムに治癒魔術をかけたことよりも、その前の問答だった。一市民が生きていようが死のうがどうでもいいのかもしれない。そんなことよりも、全く理解のできない問答の理由が、アベルは気になったのだ
グラエムたちは、背を向けたままのノワールを見つめている。ノワールはアベルに向かって言ったのだが、その言葉はグラエムたちにもはっきりと聞こえた。
「未来への希望をつなぐ、問だよ」
はあ? というアベルの声がグラエム達に届く。しかしそれ以降の会話は聞こえない。呆然としている間に、神族たちはどこかへ消えてしまったのだ。
残されたグラエムとレックスは、ただ、うなだれるしかなかった。レックスは放心状態と言ってもいいかもしれない。神族に逆らってこうして無事でいられる、そのことで夢心地となっているのだ。
一方グラエムは、助かったことを喜ぶよりも、ノワールの発した意味深な発言について思案するよりも、何よりラズワードを救えなかったことを悔やんでいた。目の前で大切な仲間をさらわれたことは、あまりにもショックが大きかった。
放った一撃は、まるで赤子のパンチのように、いやそんな例えでは大きすぎるほどに、効果がなかった。あのような力の差を見せつけられては、助けようという気力すら湧いてこない。それでも、もう一度ラズワードの笑顔を見たいという、心の矛盾。
グラエムは、強く地面を殴った。
行き場のない、悔しさ、惨めさ。全てをこめて、血がでても殴り続けた。
「くそっ……くそおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!」
そこには悲鳴に似た叫びが、ただ虚しく響いていた。
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