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 声が震えた。汚い。あまりにも卑怯だ、と思ったからだ。  直接手を下したのでは、施設の威厳に傷が生じてしまう。しかしこの方法ならば、そうはならない。事実を知らないものからすれば、始めにラズワードが言った通り、施設のミスはあくまで間接的原因にすぎないのだ。 「……俺を施設に連れて行くために、兄さんが必ず最高ランクの魔獣を狩ると知っておきながら……!」 「だからはじめに言ったはずだ。君に謝らなければいけないことがある、と」 「……っ!!」 「きたねェぞ!」  ラズワードが言葉を発する前に叫んだのは、グラエムだった。レックスが真っ青な顔をしてグラエムの腕を掴み制止をかけたが、グラエムはそれに応じるつもりはない。 「テメェら、そこまでしてラズのこと連れていきてぇって言うのか!」 「……おそらく君は知らないだろうが、そこにいるラズワードという青年は、我々にとって非常に価値のある存在だ。なんとしてでも手に入れる必要がある。いつまでも彼の兄が粘るものだから、消えてもらった、それだけのことだ」 「な……おまえ、ラズのことをなんだと思って……おまえらの都合のために、どうしてラズがこんな目にあわなければいけないんだよ……!」 「君は奴隷をなんだと思っている。奴隷というのは人権を持たない、資源のことだ。物質として定義される彼に、何をしようが構わない。そうだろう?」  金属が擦れる音がした。グラエムがダガーを抜いたのだ。  まて、とラズワードが叫んだときには、もうグラエムはダガーを振り抜いていた。  グラエムの魔術が、風巻き起こす。巨大な刃のような風はノワールへ向かっていった。  しかし、それはノワールへ当たったかと思った瞬間、消えてしまう。 「ちょっとノワールさん、いくらなんでも煽り過ぎじゃないですか?」  風の刃が消えたところには、ノワールを庇うようにアベルが立っていた。ラズワードと年齢がほぼ変わらないと思われるその青年は、ヘラヘラと笑いながらノワールに軽口を叩いている。その手には、武器もなにも持っていない。それでいながら、グラエムの魔術を無にかえしたのである。  呆然とするグラエムを、アベルはチラリと見て笑う。 「でもちょーっと足りない見たいですね。俺が仕上げしてあげますよ」  にこ、と微笑むと、アベルは自らの胸元に手を差し入れる。ぞ、と寒気を感じたときには遅かった。目が潰れるほどの閃光と重い衝撃が、グラエムを襲った。 「――グラエムッ!!」  ラズワードとレックスが叫ぶと同時に、グラエムは膝からがくりと崩れおちる。その腹には、大きな風穴が空いていた。     「――っ!!」  血の気が引くのと同時に、ラズワードは駆け出した。グラエムは大量の血を口から吐き出し、体を震わせながら息を吐いている。 (今すぐ、治療を……!) 「うっ……!?」  しかしグラエムに治癒魔術をかけるべく近寄ろうとノワールに背を向けた瞬間、鋭い痛みが左肩を貫いた。振り向いて見れば、ノワールが銃を持っている。それで撃ち抜かれたようだ。 「まだ終わっていないぞ」 「……おまえ……!!」  いずれにせよノワールをどうにかしないことにはグラエムの治療はできない。それを悟ったラズワードは剣を握り締める。そして撃たれた肩を治療すると、ノワールを睨みつけた。  姑息な手段で兄を殺したこと。グラエムを傷つけたこと。  そのことに血が昇ったのか、ラズワードの中で魔力のリミッターが外れた。 「……!」  ラズワードのもつ剣には、先程までとは比較にならないほどの光が迸っていた。膨大な量の魔力に、刀身が震えている。 「な、なんだあの魔力量は……!?」 「ふうん、結構すごいね」  ジェイクは目を白黒させ、心底驚いているようであった。その横で、アベルは唇に手をあて、じっとその光を見つめている。  その場にいる誰もが驚きを示す中、ラズワードは神族への怒りの感情そのままに、ノワールへ斬りかかった。 「そうだ、それを見せてほしい」 「っざけんな!!」  ノワールは全く動じる様子もなく、剣を受け止める。 「……っ!!」  両手で振りかぶった剣は、いとも簡単にノワールが片手で持った短剣に阻まれてしまう。 (また……!)  刃と刃がぶつかりあった瞬間に空気を裂くような音と光が走ったことよりも、ラズワードはノワールの体術に驚いた。いくらラズワードが体の弱い種族であるからといって、両手で振り抜いた剣が片手で阻まれるなんてことがあるものか。  潜ってきた死線の数が違いすぎる。  それに気づいた瞬間、ラズワードは負けを悟ってしまった。我流の剣技でひたすら戦ってきたラズワードと違い、ノワールは自分の筋力を最も効率的に使うことのできる剣術を身につけている。剣術の腕にほぼ依存するラズワードの戦い方では勝ち目がない。 「!」  ギ、と刃が擦れる音がした。退くのが遅れた、と思った時には遅かった。ノワールは刃の向きを変え、ラズワードの剣を受け流したのだ。渾身の力を込めていたものだから、ラズワードは体のバランスを崩してしまう。 「あっ――」  左肩から腹のところまで、一気に切り裂かれた。強烈な痛みと共に、次でヤられると確信したが、一向に次の一撃はこない。見ればノワールは一歩引き、ただ短剣を構えているだけであった。 「……っ」  ここでトドメをささない。利き腕でない左しか攻撃してこようとしない。完全に、手を抜いている。 「おまえ……なにが目的だ……」  治癒魔術を使いながら、ラズワードは問う。そうすれば、ノワールは短剣を構えたまま答えた。     「君の戦闘能力を見極めたいんだ」 「なんのために!」 「君を優秀な剣奴として育成するためだ」 「……剣奴?」  聞きなれない言葉に、ラズワードは眉をひそめた。  施設に連れて行かれた者は、「性奴」として調教されるのではなかったか。そんなものになりたくないからこそ、今こうして必死に抵抗している。 「……通常の定義では剣奴とは、民衆の娯楽のために命をかけて戦う者……だが、俺が言っているのは意味合いが変わってくる。最高の戦闘スキルを有し、尚且つ主人に絶対服従の奴隷……高い身体能力と魔力を持った水の天使、または悪魔だけがなれる奴隷だ。非常に高価な値段で売れる」 「……俺が、その剣奴になれって……? なったところでその高い戦闘スキルをもっているっていうなら、主人の首を掻っ切って逃走するかもしれないぞ」  挑発的にラズワードがいえば、ノワールが僅かに笑った。 「その心配ならいらない。剣奴というものが出来た頃から、施設のなかでその問題は潰すようにしている。……剣奴は、性奴の役割も兼ねるんだ。そのための調教を、通常よりも一層厳しくやらせてもらう。君のもつその強情も破壊させてもらうよ」 「……!」  ノワールの言葉に微か身を震わせた。施設の性奴調教は恐ろしいものだと聞いている。それのさらに厳しいもの?  そんなことをされたらどうなってしまう?  恐怖に、剣を握る手が震えた。

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