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「はい、いらっしゃいませ」  はいってみると、そこはこじんまりとしたカウンターだけがある小さな部屋で、そこに気だるげな表情をした男が座っていた。外観の大きさから、もっと広い空間が広がっているものだと思っていたハルは、少し驚いてしまう。   「お客様は? どういったご用件で?」 「あ、えっと、奴隷を……」 「ああ、奴隷ですね。こちらから選んでください」  自分の口から奴隷という言葉を発するのを少し躊躇したが、なんとかそれは乗り越えられた。ハルは男がバサ、と乱暴に取り出したファイルを手に取る。黒い表紙のどこにでもあるようなファイルには、凄まじい量の奴隷の写真が載っている。ハルはそれをパラパラとめくってみるが、目が回りそうになるだけでなにも感じることができない。 「あの、ここに載っているだけしかいないんですか?」 「そうですね、それぐらいですかねぇ。イイヤツは後ろのほうのページに載っていますよ、ご覧になりましたか?」 「……あー、その、これがあるといい奴隷が買えるって聞いたんですけど、そのいい奴隷っていうのも……」  ハルは一応黒からもらった封筒を男に渡してみる。しかし、この封筒によって手に入る奴隷が、このファイルに載っているものの中からだとしたら、と考えるとハルはがっかりしてしまった。ファイルに載っている奴隷は、どこがどう違うのかわからないようなものばかりである。例にも寄って虚ろな目をしているのだ。 「はあ……これは、なんでしょうかねぇ……」 「え、なんか黒さん……いや、本名じゃないか……ここの関係者っていう人からもらって……」 「へえ……クロサン……心当たりありませんけど……、んん、これは……」  ぼんやりとした目で封筒をあけた男は、その中に入っていた紙を読んで表情を変える。 「こんなものどうして……いや、そんなことより、あなた様、レッドフォードの……!」 「へ? ああ、まあそうですけど……」 「失礼いたしました、少々お待ちください……!」  突然男はハルの家名を叫んだと思うと立ち上がり、後ろの扉の中へ入っていってしまった。心当たりがないわけでもないが、ハルはその慌てようがなんとなく不快だった。  レッドフォード家というのは、天界3大貴族の一つと言われ、天界のなかでも大変高い地位をもっていた。ハルはそのレッドフォードの次男にあたり、当主の継承権を兄の次に持っている。確かに、恐れられても仕方のない立場にあるのだが、ハルは騒がれることが好きではない。それはその性格に由来しているのだが、まさか神族にまでこうした対応をとられるとは思っていなかったのだ。 「お……おまたせいたしました……ハル様……!」 「え、はい……。あれ、その方……」  はあはあと息を切らしながら男はまた扉から出てきた。しかし、出てきたのは一人ではない。男に続いてでてきたのは、仮面をつけた黒いローブの男。 「失礼をしてしまって申し訳ございません。私はここの責任者のノワールです。ハル様は紹介状をお持ちのようですので、一般には公開されていない奴隷をご紹介いたします。どうぞ、ついてきてください」  奴隷商の頂点、ノワール。数々の悪名を轟かせたその彼が突然目の前に現れて、流石のハルも戸惑いを隠しきれなかった。何も答えることもできずに、ただ、ついてこいと言われた通りにノワールの背を追いかけることしかできなかった。

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