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「……そうです、確かに俺はハル様にすべてを捧げる……そう誓っています。それこそ身も心もすべて。……でもそれだけです。それだけの関係です。ハル様が許可したのなら、俺は貴方に抱かれても何も問題がないはず。貴方に抱かれることに背徳感を覚えるわけがない。何を迷えと言うんですか?」
「……お前さ、思わないの? いくらあいつにそういう感情ないとしたって、あいつが許可したとしたって……おまえはハルのもの。ハルが知らないところで、こんなことをして……後ろめたいとか全く感じないわけ?」
「――別に。俺がハル様にすべて捧げるということだって、ノワール様に命じられたことです、俺の意思じゃありません」
「……っ」
恐ろしく冷たい声だった。血の気が引いたのを感じたくらいだ。それなのに、彼の瞳は熱を求めている。
その矛盾するものが織り成すのは……更なる色香。
エリスがまずいと思ったときにはもう手遅れであった。本能に歯止めが効かない。背筋の凍るような不気味な情欲。今まで感じたことのないそれが、ひどく理性を煽る。
「……エリス様。どうなさいましたか?」
「……いや……」
「……それなら、続きを……。今の俺は貴方のものです。はやく、貴方の欲望を全部、この体に……」
ラズワードがエリスのリボンタイの端を唇で噛む。
そして、スル、とそれを解いていく。
「……ま、まて……」
ここで止めなければ……このままこいつを抱いたら……俺が、こいつに囚われる……!
エリスがなんとか絞り出した声も、届いているのかラズワードは上目遣いに笑っただけであった。今度は見せつけるようにシャツのボタンを外していく。
ラズワードを抱いてみようと思ったのは気まぐれだった。軽くその具合を確かめたら、すぐにハルに返すつもりだったのである。それなのに、このまま進めば本格的に彼を欲しいと思ってしまう。そんな予感がする。
流石にそれはだめだ。ラズワードはハルのもの。どんなにラズワードがハルに忠誠を誓っていようが、エリスがラズワードを欲するというのは、完全なるハルへの裏切りだ。
「……やめろ、ラズワード……!」
「……なぜ?」
エリスがなんとか叫べば、ラズワードは不思議そうにエリスを見上げる。
「……やっぱり、やめにしよう、……ハルを裏切るのは悪いし……な?」
「……元々そのつもりだったのでは?」
「……うるさい、気が変わったんだよ!」
激しく音を鳴らす心臓と、湧き上がる劣情。それになんとか逆らって、理性を奮い立たせ、エリスは叫ぶ。
ラズワードはそれを聞いて、ふう、と小さく息を吐いたかと思うとエリスから離れ壁に寄りかかる。その指にはエリスのリボンタイが絡めてあった。
「……そんなにおっしゃるのならやめましょうか?」
「ああ、そうしよう……どうしてもヤリたいってんなら奴隷かしてやる、それで解消しろ」
「はは……奴隷が奴隷で性欲を処理しろっていうのもおかしな話ですね」
声が冷たさを増してゆく。空気は重苦しくなっていき、エリスは呼吸をすることすらも、ラズワードの言動に左右されるようであった。
「でも、裏切りって……どういうことですか? それは信頼し合っている人の心を欺く行動のことですよね」
「そうだよ、そう言っているだろ」
「貴方はハル様と信頼関係にあるということですか? その根拠は?」
「はあ? 何年あいつと一緒に生活してると思っているんだよ……! 兄弟だぞ」
「兄弟だからといって信頼しあっているとは限らないじゃないですか。人間に、愛情なんてものはありません。人間は……欲望だけに従って生きている生き物じゃないですか」
「な……おまえ何言っているんだよ……」
氷のような眼差し、その言葉。ラズワードはエリスのはだけた首元に手を伸ばす。するりと鎖骨を撫でられ、エリスは抵抗もできなかった。
「貴方が俺をどうしようと、ハル様への裏切りにはならないってことです。貴方とハル様の関係なんて家族だと言うつながりそれだけ。そのほかに貴方たちを結ぶものはない。あると思っているのなら、全部妄想です」
「……おまえに何がわかるっていうんだよ、おまえのその言葉こそ妄想じゃないのか……!」
「事実です。俺は愛なんてもの、見たことがありませんから。……誰かの心にも、俺自身の心にも」
口から発した言葉は、すべて壊されていく。冷たく、重く、悲しい言葉に。エリスはあまりにもはっきりとそんな言葉を断言されて、なにも言い返せなくなってしまった。真実がわからなくなっていく。
「ねえ、エリス様。大丈夫です。貴方は裏切りなんてしません。貴方が俺をどうしようと、ハル様はショックもなにも受けませんよ。元々貴方のことなんて兄としか思っていない、血のつながりそれ以上の感情なんてないのですから」
「……いや……違、う……」
「そんなことより、本能に忠実に行動したほうがいいと思いませんか? 本能を裏切ることこそ……貴方を苦しめるんですよ」
ラズワードがエリスの鎖骨に唇を這わす。いつの間にかエリスの手は、ラズワードの背に回っていた。手が、勝手にラズワードの体を這っていく。ラズワードの唾液が体を伝っていくのを感じて、また、熱が蘇る。
鼓動がうるさい。ラズワードの言葉になにも言い返せない。だって、今、頭に浮かぶのはハルのことよりも、目の前にいるラズワードの体を貪りたいという欲だけなのだから。
欲しい。こいつが、欲しい。
「エリス様……さあ、俺を使って、貴方の本能を確かめて……」
そう、真実など――どうでもいい。
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