27 / 343
2
***
「――っ」
強烈な耳鳴りと共に、ラズワードは飛び起きた。窓からは光が差し、もう朝であるということがわかる。
「……」
くらりと視界が歪み、ラズワードは額に手を添える。ガンガンと激しく頭が痛む。
たぶん、今見た夢のせいだろう。
「お目覚めですか?」
「……え?」
聞き覚えのない声。声が聞こえた方を見てみれば、ベッドの傍らに少女が座っている。
黒い髪を後ろに一つに結って、肩のあたりで揺れている。服装は丈の短い濃紺の着物。そして、瞳は淡い水色。
「……誰、ですか」
「ミオソティスです」
「ミオ……ソティス……」
寝起きで頭が働かない。まだはっきりとしない視界で、ラズワードは少女を見やった。
「あの……エリス様は……」
「もう出て行かれました。貴方が起きるまで見ているように、私が命じられたのです」
「……ああ、そう……」
となりで寝ていたはずのエリスがいない。ミオソティスの言うとおり先に起きて仕事に行ってしまったのだろう。
「ラズワードさん」
他人に任せないで適当に起こしていけばいいだろう、そんなことをラズワードが考えていると、ミオソティスが何かを差し出してくる。見てみれば、それはハンカチであった。
「……?」
「濡れています」
「どこが」
「顔です」
「顔……?」
顔にかけられたアレは拭いて寝たはずだけど。そんなことを思い出しながら、ラズワードはそっと自分の顔に触れる。
「あ……」
「どうされたのですか。どこか痛いのなら、治しましょうか」
「いや……大丈夫……」
濡れていたのは、瞳。ラズワードは知らぬ間に、泣いていたのだ。
「……あの……申し訳ないんですけど、もう俺大丈夫なんで……自分で支度しますから……」
「そうですか? では私はもう出ていきますね」
「ええ、ありがとうございました」
ラズワードは手で目を隠しながら、ミオソティスに退室を促した。ミオソティスはとくに詮索することもなく、あっさりとそれを受け入れる。
「支度が終わったら書斎の方へ行ってくださいね。ハル様がお待ちですから。それから新しいお洋服、そこに置いておきました。昨日ラズワードさんがお召になっていたものは持っていきます」
「……ああ、ありがとうございます」
ミオソティスはぺこりとお辞儀をする。横目にそれが視界に入ったラズワードは、軽く頭を下げた。
ミオソティスが床に散らばっているラズワードの服を片付けようとしゃがみこむ。彼女の手がシャツに触れようとしたとき、ラズワードは軽くため息をついた。
「……あの、裏側にたたんで持って行ってください」
「……?」
「表は、汚れているので」
「ああ、そうですか。私は気にしませんが、ラズワードさんがそうおっしゃるのなら」
シャツには、昨日の情事の際についた汚れがこびりついている。それを女性に持って行ってもらうことは気が引けたが仕方がない。瞳の色でミオソティスが奴隷であると判断したラズワードは、彼女ならまあいいか、と思うことにした。どうせ彼女も過激な性奉仕を強要されているのだから。
ミオソティスが服を持って部屋を出ていく。ラズワードはうつむきながら、ドアが閉められる音を聞いた。
「……」
もう一度、ベッドに倒れこみ身を投げ出す。窓から差し込む太陽の光に、目が刺激されて頭痛がする。
夢の中の光を思い出す。揺れる波に太陽の光が幾重にも重なり反射して、直視できないほどに眩しかった。だから、あの人の顔がよく見えなかった。
「――」
あの人の名前を囁く。唇からは空気だけが漏れて、声にならなかった。
「……っ」
ツ、と涙が頬を伝った目を閉じれば、溜まった涙がさらにこぼれてゆく。
悲しい笑顔の残像。最後にあの人が言った言葉。それが呪いのように頭にこびりついて離れない。
「……う、」
嗚咽が漏れてくる。息をするのも辛くなって、苦しい。
わからない。自分の心がわからない。
なぜ、あの人のことを想うとこんなに苦しいのだろう。ただ……ただ――
殺したい、とそう想っているだけなのに。
ともだちにシェアしよう!