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「まあ、本当に違うんなら、いいんだけど」
「だから違うって――あっ……」
「戦闘に支障がでなければいいが……ああ、これじゃあいけないね」
いきなりシャツの上から乳首をつねられて、ラズワードはがくりとその場に崩れ落ちた。ドクドクと鼓動がうるさい。体中に熱が回って何も考えられない。
とん、と軽く蹴られてラズワードは抵抗もできなく体を横たわらせる。仰向けにされ、上を見上げれば、ノワールに見下ろされているのをぼんやりと確認出来た。
「もし、これが実践だったらどうなる? こうして快楽を拒めない体になった君が、こんなふうにされてしまったら……そこにあるのは死だけだ」
「……っこれは……あ、はぁ、おまえ、が……!!」
「戦闘のときは性欲を抑えろと言わなかったか?」
「そんな、でき……ん、あぁ……あ……」
胸元を踏まれ、ジャリ、と捻られれば、そのシャツの下で乳首が刺激される。ノワールはそれをわかってやっているのか、ぐりぐりとその動きをやめることはない。ビクビクと体が何度も痙攣し、もう理性など壊れてしまいそうになった。
「……まあ、これは剣奴になった者にとっての一番の壁。そう簡単にはできないだろうね」
「……は、あ……ん、あ……」
「でもね。ラズワード。君はこういうところでも剣奴として最高の才能を持っているんだよ」
「……え……」
キラリと何かが光る。それはものすごい勢いで落ちてきた。
「……っ」
それの正体を確認した瞬間、ハ、と視界が良好になる。熱でぼやけていた世界は、一瞬で明解になった。
「君の戦闘訓練を数日続けて、俺は感じていた」
落ちてきた物体を、眼球に突き刺さる瞬間に、ラズワードは受け止めた――ナイフを。
「――っ!!」
激しくぶつかった刃は、僅かな火花を散らす。ラズワードがナイフを受け取った瞬間、ノワールが剣を抜いて斬りかかってきたのだ。ラズワードは胸元を踏みつけられながら、それをなんとか受け止めた。
今まで肉欲に溺れかかってその熱にうなされていたのが、嘘のように。その肉欲という興奮が、すべてこの『瞬間』の高揚感に変換されたように。ラズワードの意識は全てナイフの刃に向かっていた。
「君の中に巣食うもの……獣のような性」
ラズワードは自分の体を押さえつけるノワールの足を、ナイフで切りつけた。意識はしていなかったが、バガボンドにいた頃のように人体破壊の魔術を使いながら。
それは直撃こそしなかったものの、ノワールの脚にほんの僅かかすった。見たところわざと当たったようにも見えたが、そのほんの僅かな切り傷がこの魔術の前では大ダメージに繋がる。
思ったとおり、ノワールの脚は破裂した。おそらく彼も魔術をつかってその範囲を狭めたのであろう。全身を破壊するつもりで放った魔術は、彼の右足の膝から下だけを破壊したのに過ぎなかった。
しかしその真下にいたラズワードは、まともにその血をかぶることになる。シャツはもちろん、顔も、何もかも血で濡れた。
「君は異常に好戦的だね、気付いていたか? 相手を切り刻むときの感触も、自らの体が傷付く瞬間も、君にとっては興奮材料だ。戦闘を開始してから時間が経つごとに君の攻撃の精密度も威力も増していく」
生臭い臭い。シャツに染み込みまとわりつく、べっとりとした血。
「君の魂が、血を求めているんだろう。……それが、君の本能だよ」
「……なにを、言っているのかわからない」
血を嗅ぎつけた獣のように、息があがってくる。それは紛れもなく、興奮からくるものであった。唇についた血を舐め取れば、その鉄のような味が口の中いっぱいに広がる。
「……本能とはそういうものだ。自分ではあまり気づけない」
「知るか……そんなのどうでもいい」
立ち上がり、ノワールを睨みつける。眼前の獲物は、不敵に笑うばかり。
血の味は、すぐに薄まっていく。好物を目の前にした犬のように、口の中に唾液が満たされていく。
――足りない
――こんな量じゃ、足りない
「君のその本能は剣奴としてはとても便利なものになるよ。もしも性的快楽に負けてしまいそうになったら武器を握れ。ただしまともな戦い方ができるとは思えないが、死ぬよりはマシだろう」
「黙れ、ノワール……」
「うん?」
「本能……しったことか……俺が求めているのは血でも戦いでもない……。お前だよ! ノワール! 薄汚い手を使って人を虐げて!! 俺のことを玩具みたいに弄びやがって!! お前の血じゃなければ満足なんかできない……!! 許さない……お前はこの手で殺さないと気がすまない!!」
「……」
沸々と、昨夜の熱など足りなすぎるような熱い熱が体の奥底からこみ上げてくる。全身がドクドクと脈を打っている。極度の興奮状態が、殺意を煽る。
「……殺してやる……ノワール……!! 絶対に、殺してやる!!」
「……ふ、……それでいい。ラズワード」
彼が笑った瞬間、ラズワードは駆け出した。教えてもらった魔術も全て忘れて、このナイフでノワールを切り刻みたいと、そう思った。
その笑顔の意味など、どうでもよかった。
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