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***  結構何度か『Lucifer』をハルは見てきているが、今回のそれは特に良かったと感じた。元々オペラには興味ないので、あまり違いなどわからないが、なんとなくそう思ったのである。  もしかしたら、ハルの隣にいる人物のおかげかもしれない。  退場する人々の流れについていきながら、ハルはチラリと黒を見る。贔屓目かもしれないが、彼の存在は周りとは異彩を放っていた。細身の体で穏やかな微笑みを浮かべる彼と不釣り合いな、独特の暗い雰囲気と深い闇のような目。彼は普通の人とは違う世界を送ってきたのだろうか。だから、『Lucifer』をまったく違う視点から見ていた。  初めての視点から見てみると、慣れ親しんだはずの『Lucifer』も、少し面白みを感じるものだ。今日、黒に出会えてラッキーだな、なんて思う。会っていなければ、この時間は居眠りの時間になっていたかもしれない。 「ハルさん。今日のはよかったですね。特にルシファー役の人が、人間味があって良かった」 「ああ、確かに。いつもは確か典型的な悪役として演出されるだけだったし」 「……ハルさん、このあと時間ってあります?」 「え、まあ……夕方くらいまでなら」  出口に差し掛かり、外の光が見えてくる。黒が、微笑んだ。 「この後、どこかに寄りませんか? せっかくこうして会えたんですから」 「え……あ、ああ! 喜んで!」 「良かった」  正直このまま別れるのは惜しいと思っていたので、黒のこの申し出はハルにとって嬉しいものであった。ハルは貴族として、ずっと人とは仕事の関係としての付き合いばっかりしていたのである。気楽に話せる家族以外の人、というのはなかなか稀で、黒と話す時間はとても楽で楽しいと感じていたのだ。  外に出れば、中央都市というだけはある華やかな町並み。屋外にでた証の太陽の光が、黒を照らせばその白い肌が際立った。その光の下で笑う黒は、見ていて心が落ち着いてくる。  あまりこのような気楽な関係というものを築いてこなかったハルは、こういうときどこに行ったら良いのかあまりわからなかった。とりあえず、休める所はないかと、ハルがあたりを見渡した時である。  今出たばかりのコンサートホールの屋上で何かが光ったような気がした。なんだ、とハルは目を細めるが、視覚でそれを確認出来る前に、直感でその正体に気付く。 「――ハルさん!」 「――……え」  パン、と甲高い銃声と共に、強い衝撃をハルが襲う。一瞬のことに反応が遅れたハルは、何が起こったのかわからなかった。  その光は間違いなくライフルスコープの反射光。撃たれる、と確信した瞬間に揺れた体。やられたと思ったのに全く痛みを感じない体。 「……黒、さん……!?」  気付けば目の前に黒が立っていた。その肩からは大量の血を流している。そう、ハルを庇ったのである。 「黒さんっ……!! 大丈夫ですか!?」 「……これくらい、平気です」  ハルは黒に駆け寄り、その体を支えた。痛々しく溢れる血に目を背けたくなったが、ただそうもしていられない。 「あー、気付かれるとは思わなかったな。あんたみたいなモブに邪魔されるとは予想外」  黒い羽を羽ばたかせ、犯人が降りてくる。歪な形をしたライフルを持つその男は、間違いなく悪魔であった。 「……あれは……?」  その悪魔をみてハルは疑問符を浮かべた。見たことのない悪魔だったのである。  ハンターであるハルは悪魔の載っているリストを毎日チェックしている。だから、完全には覚えていないにしても、顔くらいは見たことがあるはずなのだ。  それなのに、この悪魔はハルの記憶に存在しない。 「……まだリストには載っていない未発見の悪魔……いや、それとも……」 「……レベルSの悪魔です」 「え……!?」  荒く息を吐きながら、黒は小さく言う。よく見ればその傷は少しずつ治癒されていっている。彼は神族であるから、魔力に属性を持たず治癒魔術も扱うことができるのであろう。   「レベルSの悪魔はレベル5と同じようにリストには乗りません。……危険ですからね。私はそのレベル5とSが載っている神族用のリストを見たことがありますが、そこにあの悪魔が載っていたのを覚えています。……名前は」 「トラウゴット。ちょっとあんたはどいていて。僕はレッドフォードを殺しにきたんだからさ」  トラウゴットと名乗った悪魔が、ニンマリと笑う。

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