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「良心的だと思うよ? 僕は三大貴族とやらのレッドフォードさえ殺せればいいんだ。無駄な殺戮をする気はない。わかったらさっさとそこをどきな。雑魚に用はない」
「……ハルさん、逃げますよ」
黒がぐい、とハルの腕を引いた。どうやら肩の治療は完了したようだ。
「ま、まてよ! 黒さん!」
「いいから! 私たちが逃げればアイツはきっと追ってくる。戦うにしてもこの場所は向いていません、もっと人気のないところまでいかないと……!」
「……そ、そうだけど……」
見れば人が集まってきている。突然街中で銃声が鳴り響き、流血沙汰になったのだ。当然のことである。おそらくハンター達も駆けつけるだろうが、並のハンターではレベルSのトラウゴットに返り討ちにあうのが目に見えている。ここは黒の言うとおり、逃げて場所を変えるのが得策であろう。しかし、ハルには一つ思うところがあったのだ。
「……逃げるなら、俺が一人で逃げます。黒さんは残ってください」
「……お断りします」
「いや、あいつは俺が目的だ、俺だけが逃げれば黒さんが危険な目に合うことはない! 黒さんはここにいてください!」
そう、黒と共に逃げるということには承諾できなかった。彼は、トラウゴットの言う通り、おそらくあまり力を持っていない。魔力の波長もあまり感じなければ、治癒魔術の速度も遅い。足でまといになる可能性が高いのだ。
「ハルさん……いいから、ついてきてください! とにかく、裏まで逃げますよ! 神族の助けを呼ぶので、それまで逃げるんです!」
「……わ、わかった」
パッと駆け出した黒にハルは仕方なくついていく。神族の援軍が来るというのなら、それは心強い。問題は、彼らが来るまで無事でいられるか。
今日はハンターとして仕事をするわけではなかったため、いつもメインとして使っていた武器は持っていない。持ち運びに便利な短剣だけを持っている。メインの武器とは大きく扱いが異なるので、レベルS相手に戦い抜けるのか怪しいところだ。
加えて黒を庇いながらの戦闘となることが予想される。どう考えても、こちらが圧倒的に不利となるのだ。
「そんなに逃げたところでおまえたちは助からないよー? 僕に目をつけられた時点で諦めないとね!」
ひゅ、と風を裂く音がする。それは二人のすぐ傍を抜き去って、前方の壁を破壊した。
「……っ」
行き止まりとなったそこは、見る限り商店街の物置場として使われている所であった。ここで戦闘をすれば商品が傷つくことは間違いないが、人を巻き込むよりは数倍マシだろう。
「……黒さん、さがって」
覚悟を決めて、ハルは短剣を構えた。
「おっけぇー! 来なよ、レッドフォード! おまえを殺せたなら、僕の地位は一気にあがるからさ!」
ヘラヘラと笑うトラウゴットをハルは睨みつけた。正直、そんな挑発に乗るような余裕はない。武器のこともある上に、属性においても不利であるからだ。
初めにつかった魔術を見る限り、トラウゴットの属性は風である。火の魔力をもつハルにとってはあまり相性の良い相手ではない。炎による攻撃は、風によって簡単に阻まれてしまうのだ。それこそ、リーチのある武器を使い直接魔力を相手に叩き込む必要がある。
敵うか……、この武器で……。
「僕の出方伺ってる? それなら素直にこちらからいかせてもらうよ!」
トラウゴットは手に持っている歪な形の大剣を振りかぶる。孔雀の羽が刀身についた、観賞用の剣に見える剣。その形状は、おそらく風魔術との相性が抜群に良い。
「……う、」
強烈な豪風が二人を目掛けて走ってくる。レンガ造りの地面を砕き、破片を巻き上げ、それは恐ろしいほどの威力であった。
初めて見るレベルSの魔術にハルは一瞬怖気づいたが、気を落ち着かせ魔力を放つ。
ぱ、と短剣の先からプラズマが迸る。瞬間、爆発音と共に炎が発射された。
「……!?」
まるで質量をもっているかのような爆炎に、トラウゴットは目を見開いた。魔力によって編まれたその炎は、豪風をも巻き込み、トラウゴットに襲いかかったのである。
(いける……力押しでなんとかなる……!)
魔力量では自分が上だと確信したハルは、そのまま炎を強めていった。例え風に炎が不利だとしても、圧倒的な魔力によって押し切ることが可能だと判断したのだ。
しかし、その勝利の確信に亀裂が入る。
炎の合間に見えたトラウゴットの口元が、微かに笑っていたのだ。
「なん……」
何か隠していることがあるのか。ハルがそれに気付いた、そのときである。
コツ、と硬い音がした。レンガ造りの地面に、小さな石ころが叩きつけられたような。
「……!?」
ハッとしてハルは空を見上げた。
「あれは……!!」
そびえ立つ壁の上に、いくつもの人影が。硬い音は彼らの身動きによってそこから落ちてきた石が落ちた音のようだ。
全ての人影に、黒い羽。しまうこともできるそれをわざわざ体外へ出し、ハル達に見せつけている。
「レッドフォード……残念だったね。悪魔が一人だけなんて、僕は言っていないよ?」
「おまえ……!!」
皆、巨大な歪な武器を持ち、にやにやと笑っている。獲物を目の前にしたときの獣のようだ。
感じる魔力量はトラウゴットとほぼ同じ。おそらくレベルS同等の力を彼ら全員が持っている。それが、複数。
だめだ、敵わない。
トラウゴット一人なら倒せそうだったが、流石に同じ強さの悪魔複数を同時に相手するのは、どう考えても無理であった。ハルは絶望に目の前が暗くなるような気さえした。
「僕たちは同盟を組んでいてね。手柄は分け合う、それをルールにこうやって皆で狩りをしているんだ。おまえは今回の僕たちの標的。じゃあね。首だけ引っこ抜いてあとは粉砕してあげるね」
トラウゴットがすっと手を挙げる。それと同時に、空気が揺れた。
様々な魔術により、辺りは不快な光に包まれる。ヴ、と生命の終わりを告げるような不吉な音が響き渡る。
ああ、だめだ。黒さんのことも、守れな……
死ぬ、それを確信した。せめて最後に、謝ろう、そう思って黒の方を顧みようとした。
「……?」
しかし、それは叶わなかった。視界が急に暗くなったのである。
それは魔術によるものではなく、目を何かが覆ったことによるもののようだ。目を、冷たいようで暖かい何かが覆っている。
「……ハルさん、困ったときは神頼みだよ」
「……え?」
「貴方を光が導きますように。貴方はこんなところで死ぬべき人ではない」
「なに、言っ……」
ハルは黒に後ろから抱きしめられ、目を覆われているのだと気付く。黒の言ったことを理解しようとした、しかしできなかった。
意識が、スッと遠のいていったから。
待て、その言葉すら口にはできなかった。ハルの意識はあっという間にブラックアウトしてしまった。
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