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体が暖かい。静かな空間の中で、紙をめくる音だけが聞こえてくる。
――…
「――っ!!」
ガバっと慌てて起き上がる。ここはどこだ。自分は生きている?
「あ、おはようございます」
ハルの視界に、椅子に座った黒が入ってきた。彼の手には本が。紙をめくる音の正体はソレのようだ。
「く、黒さん……!? トラウゴットは……? 俺たち、無事なんですか!?」
「ええ、見ての通り私たちは無事ですよ。ここは街の医療所です。トラウゴット達は駆けつけた神族の方々に連れて行ってもらいました」
「そ、そうですか……」
揺れるカーテンの隙間から見えた空は、赤くなりかけている。もうすぐ夕方になってしまう。
「……あの悪魔たちを、全部……神族が……」
「ええ……神族が倒しました。まあ、生け捕りにはしたんですけどね」
「……そうですか……なんだか俺、頼りなくてすみません……」
「なにを……あんな数、普通相手にできるものじゃないんですから……嬉しかったです、俺のこと、守ってくれて」
にこ、と黒が笑う。カーテンが揺れて、すきま風が黒の髪をゆらす。淡い風の香りが、鼻孔をついたような気がした。
「あの……黒さん……俺、あまり記憶ないんですけど……俺どうしちゃったんですか? 敵の攻撃受けたんでしたっけ?」
「いいえ、あんまり神族が戦っているところは見られるわけにはいかないので、魔術によって眠らされていたんですよ」
「……その、来てくれた神族の魔術で?」
「いや、それは申し訳ないんですけど私がやりました。ごめんなさい、勝手にそんなことをしてしまって」
「……い、いえ」
黒が魔術をかける直前、何かを言っていたような気がする。しかし、ハルはそれを思い出せなかった。
それを思い出そうとするよりも先に、白いシャツに薄手の毛布を肩からかけている黒を見て、ああ、あの血で汚れた服は着替えたんだなんて、そんなことを考える。
「……黒さんも、俺のこと守ってくれましたよね。ありがとうございました」
黒が自分を庇って撃たれたことを思いだしお礼を言ってみれば、黒は柔らかな笑みを浮かべた。薄暗い部屋に差し込む外の光に照らされて、綺麗だと思った。
「……ハルさん」
黒が立ち上がる。毛布を丁寧にたたんで椅子の上に置き、そのまま椅子を端の方までずらしていく。
「……そろそろ、お迎えが来ますよ。私はそろそろお暇しますね」
「え、もう……」
「……今日は、とても楽しかったです。また、こうして会えるの、楽しみにしてます」
「……、はい。俺も」
上着を着ていない、シャツだけの黒はとても華奢だった。外から静かに吹いてくるすきま風にすら、攫われてしまうのではないかと思うほどに。
微笑んで、静かに頭を下げて、部屋を出ていく。そんな目の前で行われた動作が、フィルターを通して見ているかのような、不思議な感じがする。そのせいか、もっと彼との時間を過ごしたいとも思ったが、彼を引き止める気にもならなかった。画面の奥に手を伸ばしたところで届かないのだ、とわかってしまうような感覚。
なんといったらよいのだろう。ちゃんと彼は生きた人なのに、まるで幻のよう。たぶんそう感じたことに何も意味などない。
きっと、彼が美しすぎたのだ。
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