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黒が部屋を出て行って、一時間ほど。すっかり空は赤く染まっている。
未だ黒の面影が頭にチラついている。それはただ、ぼんやりと残像のようにふわふわと漂っていて、心を支配するには足りないものであった。
今更ながら、不思議な人だな。
ハルのそんな思案も、こんこん、と小さなノックによってかき消される。
「……あ」
扉をあけて入ってきたのは、ラズワードとエリスであった。ラズワードは多分目立たないようにであろう、地味な色のローブを羽織っている。そんな彼は、ハルと目が合うと、駆け足気味にハルに近寄った。その拍子にフードははらりと外れ、サラサラと髪が風に靡く。
「……ハル様……ご無事で……!」
「ラズ、ワード……」
ラズワードはベッドの傍にしゃがみこむと、はあ、と小さく吐息を吐いてうつむいた。夕日の光が彼を照らして、長い睫毛がきらきらとしている。チラリとハルを見上げたその瞳は、その夕日の赤と、彼本来の深い青が混ざり合って、不思議な色をしていた。
その瞳にハルがドキリとしたのも束の間、エリスがラズワードの後ろに立つ。そして、わしゃ、とラズワードの髪をかき混ぜながら言った。
「……んな心配しなくたってコイツそう簡単に死なねーっての」
「……どういう意味」
妙にイラっとしたのはその言葉のせいか、それとも。なんで二人で来ているんだよ、なんて呪詛が心に浮かんできたが、ハルはそれを口に出すことはない。
「あの、ハル様……一人でお出かけされるのは危険です。今度からそういう時は俺もお供させてください」
「ああ、うん……考えてみる。……でも、今日はおまえがいなくてよかったと思うよ」
「……? どうしてですか?」
ラズワードは不思議そうにハルを見上げた。その青い瞳に自分が映って、心臓がはねたのが自分でもわかった。ドクドクとうるさい鼓動が、唇を動かすなんて簡単な動作すらも封じてしまう。
「……いや」
おまえが一緒にいたら、おまえが傷ついたかもしれない。
その一言は、たぶんいつもならば言えた。自分をしたってくれる臣下とか、そういった人たちにならば。でも何故か、今はその言葉がでてこなかった。言おうとした瞬間、なんだか恥ずかしくなってしまったのだ。
いやいや、別に恥ずかしがることじゃない。誰かに傷ついて欲しくないなんて当たり前の考えじゃないか。
わっと頭の中で言葉が溢れてきて、ハルはラズワードから目を逸らした。なぜだろう。これ以上彼の瞳をまっすぐ見ていられそうにない。
「おいハルー、もう体は大丈夫なんだろ? 今日中にここでれるわけ?」
「……ああ、怪我なんてないし……大丈夫、すぐにでも出れるよ」
いつまでもラズワードを撫でているエリスの手を視界に入れないようにしながら、ハルは答えた。エリスは至って普通にハルの心配をしているようである。言葉は少しぶっきらぼうだが、彼が心の中でちゃんとハルをことを大切に思っていることを、ハルは知っている。
しかし。どうしても今、彼がやっている行動は。
苛々する。
いくら意識しないように、と考えたところで、感情などコントロールはできなかった。湧き上がる苛立ちを抑えるのにも限界が生じてくる。
「あ、あのさ……兄さん」
「おー?」
「……そろそろ、それ……やめてもらえる?」
「それ?」
ハルが静かに言ってみれば、エリスはキョトンとした表情を浮かべた。そして自分の手をみて、ああー、なんて声を上げている。
「悪い悪い、こいつ触り心地よくてよ」
「うん、わかったから。あんまり俺の前でやるな」
「あー、確かに見ていてイイもんではないかー」
抑えていたつもりだが少し声に出てしまったのかもしれない。エリスは苦笑いをしながらハルに謝ってきた。
そんなエリスになんだか無性に苛々としてしまう。
「……っていうか」
「ん?」
「そいつ……俺のなんだけど」
「……へ?」
その苛立ちが、恥じらいとか訳のわからないストッパーとかを壊したのだろうか。この言葉は言ってはいけない、そんなことをいつも無意識に思っていたのに。勝手に唇から言葉が溢れてきて、塞き止められないのだ。
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