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「だから……ラズワードは、俺のだって……そう言っているんだよ……!」 「いや……知っているけど」 「それなら触るな! そいつに触れていいのは俺だけ……っ」  そこまでいってようやく、ハルは自分の現状の異常さに気付いた。何を言っているんだ、自分は。自分の発した言葉が恐ろしく感じて、ハルは手で口を塞ぐ。  恐る恐るエリスを見てみれば、驚いたような顔をしていた。いきなりこんなふうに怒鳴ったりしたらびっくりするに決まっている。ハル自身も驚いているのだから。  なぜ、自分がこんなことを口走ったのかすらわからないのだ。 「ハル……もしかして、ずっとそう思ってた?」 「い、いや……」 「悪い、気づかなかった。我慢してたんだな、おまえ」 「ち、違うって……」  思っていたって、何を? 我慢していたって、何を? 何に気付いたって言うんだよ。  エリスはハルにすらわからないハルの心の奥底をわかってしまったのか。ハルは自分だけ取り残されたような気分になって、目眩にも似た感覚を覚える。 「ごめん、ハル」 「だから、なにが……悪かったのは俺だって、いきなり訳のわからないこと怒鳴って……」 「あ、俺先に帰っているからさ、あとは二人で帰ってきてよ。じゃあ」 「あ、おい……兄さん、待って、……」  ははは、とエリスは笑うと今度はハルの頭を撫でてそのまま部屋を出て行ってしまった。  取り残されたハルは呆然と、エリスの出て行った扉を見つめることしかできない。  いったい、自分は何にそんなに苛々していたのだろう。なぜ、エリスがラズワードを撫でているのを見てあんなにも心が掻き毟られるような不快感に囚われたんだろう。そして、エリスはそんな自分をみて何に気付いたというんだろう。  怖い。自分の知らない感情に、頭を支配されていく。  この不快な感情は。ラズワードを独占したいなどという浅ましい思いは。名前は存在するのだろうか。なんというのだろうか。 「ハル様」  静かに自分を呼ぶ声がする。見れば、不安げにラズワードが見上げていた。 「……っ」  全部、こいつのせい。不快な感情。くだらない欲望。今まで抱くことのなかったモノを生み出してしまったのは、この奴隷の。 「……ラズワード」 「はい」  そうだ、彼のことを考える度に溢れ出す、この感情。そろそろいいんじゃないか。気付いてもいいんじゃないか。 「……こっちきて」 「?」  ふと、彼を呼ぶ言葉が唇からこぼれる。そうすればラズワードは立ち上がって、少しベッドに体重を掛け、ハルに近づく。  少しだけ、わかっていたのかもしれない。そう、あくまで客観的に見てみれば、この感情の名くらいすぐにわかるのだ。その感情が、初めてのもので怖かったから、知らないフリをして目を背けていたのかもしれない。  ハルは手を伸ばし、ラズワードの肩を軽く引き寄せた。ラズワードは少し驚いたようだが、逆らう様子もなく、ハルに身を任せる。  青い瞳を見つめれば、心は吸い込まれそうだ。高鳴る鼓動は、とても煩く、耳障り。  そっとラズワードの頬に手を添えれば、彼の瞳が微かに揺れた。深い青が揺れると、きらきらと光る漣のようだ。  自分でも気づかないうちに、距離は狭まっていた。吐息がかかるほどに。 そして、唇が触れ――……ることはなかった。 「……う、わっ」  くい、とラズワードを引き寄せると彼はバランスを崩したのか一気に体重をハルに預けてきた。勢い余ってハル自身もベッドに背中を打ち付けることになり、後ろからはぼふ、なんて間抜けな音がする。 「は、ハル様!?」  ラズワードはガバっと起き上がると、少し怒ったような顔をしていた。多分ハルの訳のわからない行動に少しイラっとしたのだろう。でも、そう思うのも仕方のないことである。ハルも、自分の行動の意味などわからなかったのだから。  ただ、やりたいと思ってやっただけである。 「ちょ、……」  もう一度ラズワードを引き寄せると、今度こそラズワードは怒ったのかもしれない。声が僅かに荒いでしまった。流石に主人に忠実とはいっても、意図が不明のことなどには従いたくないのだろうか。 「はあー」 「ハル様、ため息ついていないで、この手……」 「帰ろうか、ラズワード」 「だから、それなら放してください……!」  放せ、と抵抗されているのはなんだか残念に思うが、確かに自分がこの状況ならこう言うだろうなと思ってハルは笑った。意味のない抱擁は確かに気持ちのいいものではない。  それでも、放すのは少し残念に思えた。ぎゅ、と腕に力を込めてみる。 「……」  そうすれば、ラズワードは諦めたように黙り込んだ。そして、そっと、手をハルの体に添えてきた。  たぶん、今のラズワードの行動は、奴隷としての行動だ。主人が抱擁を求めているから、それを返しているだけだろう。  それくらい、ハルにもわかった。  でも、わかってはいるが。すごく、彼の体は暖かくて心地よい。  もしも、彼のこの手が、自分の意思で背にまわったのなら。  そう考えてしまう、この思いもきっと。この感情のうちの一つなのだ。 「……あんまり長いあいだここにいると皆様が心配します」 「……うん、そうだね」 「だから……」 「ごめん、もう少し」  そろそろこの感情に名前を与えようか。いい加減、めんどうになってきた所かもしれない。名前を知ったほうが、呼ぶときに楽だろう。  そうだ、この感情の名は――

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