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「――っ!!」
ラズワードは勢いよく体を起こした。激しい動悸と吹き出す汗が鬱陶しい。
手を開き、閉じる。夢の中の感触が、やけにリアルに残っている。
「……っ」
頭が痛い。ラズワードはぐしゃぐしゃと前髪を掻いた。目を閉じると夢がまぶたの裏に浮かんできそうだったため、下半身にかかった白いシーツを見つめる。
「ラズワード?」
「……!」
ふと、自分を呼ぶ声が聞こえる。なんだ、と思って周囲を見渡したが声の主は見当たらない。
不審に思ってふと下を見たラズワードは、あるものが目に入って思わず後ずさりをした。
「……! は、ハル様……!!」
「……なんだよ、その反応」
「い、いや……あの、なんでこんなところに……!」
「なんでって、ここ俺のベッドだよ。自分のベッドで寝ちゃ悪いのか」
眠そうに目をこするハルを見て、ラズワードはようやく昨夜のことを思い出した。
「なんかおまえ顔色悪いけど……大丈夫か?」
「……大丈夫です……少し悪い夢みただけなので」
そうだ、昨夜はハルと変なことで揉めて、そのあとに。らしくもなく泣いてしまって、そのまま眠りについたんだ。
ラズワードは自分の失態に頭を抱えたくなった。
「悪い夢って……もしかして昔の夢でもみるのか?」
「……まあ、昔の夢っていえばそうですけど……それよりハル様……昨夜は……」
「ラズワード」
謝罪の言葉を、そう思ったラズワードはハルの行動に言葉を失った。ハルは起き上がり、ラズワードの身体を抱き寄せたのである。
「……あ、あの……」
「大丈夫だよ。俺、おまえに苦しい思いとかさせたくないし、辛いことを強要したりもしない」
「え?」
「……奴隷なんていうけど、俺はおまえのことちゃんと人として見ているから。だから……施設のことは、忘れろ」
……どう、言葉を返せばいいんだ。
ラズワードはされるがままになっていた。ハルはラズワードの見た夢を、施設にいた頃にされたことの夢だと思っているのだろう。だから、こんなことを言ってくれるのかもしれない。
清潔なシャツの匂い。窓から降り注ぐ太陽の日差し。感じる彼の身体の温もり。
……暖かい。
何も言葉が浮かんでこなかったラズワードは、何かを言う代わりに手をハルの背に回した。それは心地よくて、今までで感じたことのない暖かさだった。
「……ハル様」
「……うん」
「……今日は、良い天気ですね」
「……ああ」
そういえば、外の天気に関心を向けたことはあまりなかったな。ラズワードは自分で言った言葉に些か驚いた。それくらいしか刺激がないということだろうが、それはつまり自分を苛めるものが何もないということ。こんなこと、今まであっただろうか。
益体も無いことを考えながら、ラズワードはまどろみに身を任せた。
「……まだ、時間ある」
「そうですね……ちょっと早く起きすぎたでしょうか……」
「もうちょっと寝よう」
ハルはそういうと、ラズワードの体を抱えたままベッドに横になった。巻き添えを食らったラズワードはそのまま柔らかなベッドに体を打ち付ける。
「……」
布団の擦れる音。ふわふわと暖かい彼の体温。
……彼の寝息。
「……え……早……」
寝ようと言ってわずか数秒。よっぽど眠かったのか。そんなに眠いのにラズワードのために少しとはいえ起きたのか。
ともかくその驚くべき就寝スピードに、ラズワードは微かに笑った。
自分も、もう少し寝ようか。そう思ったが、先ほどの夢をまた見るのが怖くて、目を閉じられない。
手に残ったあの感触も、まだ残っている。
ラズワードはそのまとわりつく感触を振り払いたくて、ハルの背を抱く手に力を込めた。その感覚で、あの感触を上塗りしてしまおうとした。
やけに、リアルな夢だった。……それもそのはず。
その夢はほぼ実際にあったことだったから。ノワールの首を絞めて殺す、その夢は。
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