70 / 343
11
朝を迎えたばかりの海岸は、少し肌寒い。
見下ろした先の海は、光を受けてキラキラと輝いている。
抱きしめたその人は、思っていたよりも細かった。
漣に反射する光の中に消えてしまわぬように。
微かに吹いてくる風にさらわれてしまわぬように。
腕に力を込める。
そうすると、貴方はおかしそうに笑って言う。
「どうしたの? そんなに震えて」
唇から溢れる笑い声さえも、そのまま空へふわりと溶けてしまいそうだ。
どうして貴方はそんなにも、馬鹿なんだろう。
自分の内にいくつもいくつも化物を飼って、それをずっと閉じ込めてきたから、貴方の身体はもうボロボロだ。
こんなになってしまうまで、貴方はどうして素直に死を求められなかったんだ。
もっと早くに生が貴方を蝕む前に、誰かに助けを求めれば……こんなに壊れてしまうことはなかったのに。
「……貴方が……消えてしまいそうだから」
俺の手に重ねられた貴方の手は、確かに体温を持っていた。
それでも、怖い。
腕の中の華奢な貴方の体と、その内側から感じる恐ろしく大きな魔力の波動のアンバランスさ。
思い出の中の誰もが恐れた悪人と、今静かに微笑みを浮かべる貴方の姿の乖離。
本来交じることのない極を、無理矢理に押し込めた貴方という存在は、いつか砕け散ってしまうだろう。
……もうすでに亀裂の入った貴方が、粉々になってこの海へ沈んでいくのが、怖かった。
「……馬鹿だな。……消えるわけないだろ」
笑うと、貴方の体は微かに揺れた。
その首元に顔を埋めると、仄かに貴方の匂いがした。
その匂いが今貴方が生きている証拠なのだと思うと、なぜかズキリと胸が傷んだ。
生きている。
貴方は、……生きている。
何かを言いたくて唇を動かしたが、言葉が出てこない。
自分が何を言いたいのか、わからない。
それでも、胸が苦しくて、心臓が痛くて……貴方に伝えたい想いは、確かにあるはずなのに。
貴方を……
貴方を、
ともだちにシェアしよう!