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――――――
―――
――……
「ラズワード……起きて」
「……ん」
静かに体を揺すられ、ラズワードはまぶたを開ける。鉄格子の奥の通路のライトだけが照らす薄暗い牢の中、ぼんやりとその人の姿が浮かび上がる。寝不足のせいか視界がはっきりしないため、ラズワードは腕を伸ばして近くにいる人の正体を確認しようとした。
「……どうしたの。隈ができているよ。ちゃんと寝ないと辛いのはラズワードだからね」
「……、……ノワール様……!」
はっきりとし始めた視界に映ったのはノワールであった。ラズワードはそれに気付いた瞬間に跳ね起きる。ふ、と微笑んだノワールを見て、ラズワードは今、自分が夢の中にいるのではないかという錯覚を覚えた。
それもそうだった。昨晩、あれだけの口論をしたのだ。ラズワードは胸ぐらを掴んで怒鳴りつけるという今考えれば恐ろしいことをしたし、ノワールがあそこまで冷静さに欠けたをラズワードは初めて見た。おそらく昨晩ラズワードがノワールに向かって言ったことは、彼にとって触れて欲しくなかったことなのだとラズワードは感じていた。だからこそ彼はあんな態度をとったのだと思うし、きっと踏み込んではいけないところに踏み込んだラズワードを激しく嫌悪すると思っていた。
しかし、当のノワールはラズワードのそんな思案を無に帰するほどに、なんともない様子である。怒っている様子もなければ避ける様子もない。いつもどおり……いや、いつもに増して優しいように思えるのだ。
「よかった、ちゃんと目、治してもらえたね。……もうあんなことしないでね。ラズワードの目は綺麗なんだから。……俺も悪かったんだけど」
「……いや、あの……俺こそ……すみませんでした……」
たしかにノワールはラズワードよりも年上である。まだ成人すらしていないラズワードよりも落ち着きがあるのは当たり前だろうが、それでも昨夜のことはそう簡単になかったことにできるようには思えなかった。
「今日から応用の魔術教えるからね。ちゃんと魔術書使ってやるからたぶんラズワードは慣れていないと思うけれど、頑張ってね」
「……はい」
「ここはそういったことをするのには暗すぎるから……いつもの訓練場いこうか。ほら、いくよ」
ノワールが手を差し出してくる。その綺麗な指先で一体どれほどの罪を重ねてきたのか。その白い肌は何度こびりついた血を洗い流したのだろう。この手を掴んだら、壊れてしまったりしないだろうか。何度も何度も乱暴に血を洗ったこの手は、血と共に肉まで落としてボロボロなはずだから。
恐る恐る、ラズワードはその手を掴む。細いその手は頼りなさげで、ラズワードが触れた瞬間、微かに震えた。その微かな動きにラズワードはノワールの表情を確かめるように彼を見つめる。前髪の隙間から覗いているその黒い瞳は、ラズワードと目が合うと、ゆっくりと逃げてゆく。
まるで、ラズワードに見つめられることが怖いとでもいうように。
「……ノワール様」
「……、何?」
「……いいえ。なんでも……ないです」
ラズワードが立ち上がるとその手は静かに離れていった。ノワールは体温が高い方ではない。それでも、握っていた手は暖かかった。だから、その手が離れていったとき、少し寂しく感じた。
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