114 / 343
12(1)
***
アザレアには、二人の弟がいる。
一人はレイ。少し気性が荒く、ミーハーで。自分の気持ちに素直だが、素直すぎるのがたまにキズ。しかし剣の腕は悪くはなく、レッドフォード家の長女・マリーの護衛についている(このマリーという娘、相当おてんばなようでレイは手を焼いているようだが)。ちなみに魔力の属性は炎。攻撃力が最も高い魔力とされており、信頼も厚いようである。
問題はもう一人の弟、ラズワード。アザレアとは少し歳が離れていて、まだ声変わりもしていない子供だ。彼は被差別種族、水の魔族として生まれてしまった。水の天使というのは世間から疎まれているのはもとより、レッドフォード家からはひどく忌み嫌われているため、そのレッドフォード家お付きの騎士の家系であるワイルディング家は必死で彼の存在を隠蔽した。彼が生まれた際も誰にも知らせなかったし、家のものは彼の存在について固く口止めされている。
しかし、ラズワードは水の天使ということもあってか容姿は恐ろしく整っていた。いや、水の天使の中でもずば抜けているだろう。自分たちの家紋を穢す存在であることを知りながらも、彼の容姿には誰もが魅入られていた。しかしその浮世離れした容姿のせいか、その愛され方は狂気じみていた。
「お、お母様……何をしていらっしゃるのですか」
あるとき、母・ジュリアンナの部屋をアザレアが訪ねたときである。ジュリアンナはたくさんの女物(なぜかサイズは小さい)をベッドに広げ、テーブルいっぱいに化粧道具やら髪飾りやらを並べ。なにやら見知らぬ少女を着せ替え人形のごとく色んな服を着せメイクをしては楽しんでいた。
「あら、アザレア。どうしたの」
「いえ……あの、美味しいお茶が届いたのでご一緒にどうかと思いまして」
「あら、素敵ね。少し待っていてね、すぐにいくわ」
ジュリアンナは鼻歌を歌いながら少女の髪をいじっている。ふわふわとしたブロンドの髪はライトに照らされてキラキラと輝いていた。
「……あの……その子は一体……どちらのお子様ですか?」
「何言っているの、ラズよ」
「……えッ!?」
アザレアは思わず素っ頓狂な声を上げてしまって口を塞ぐ。品のない声を出してしまったことに恥ずかしくなったが、それよりもジュリアンナの言った言葉が信じられなくて、ズカズカと二人のもとへ近づいていった。
「……ラズワード!? ああ、本当だ……目が青い……この髪も、カツラ……」
「ふふ、ラズはとっても可愛いからお化粧のしがいがあるわ。それに何を着せてもね、可愛いの」
「……でも、ラズワードは男の子……」
「関係ないわ。こんなに可愛いんだもの。それに、この子だって嫌がっていないじゃない」
「それは……」
――それは、ラズワードが言葉を知らないからでしょう。
そんなことは言えずアザレアは黙り込む。そう、ラズワードは言葉を知らない。教えるものがいなかったのではなく、敢えて教えられていないのだ。言葉を知れば倫理を知る。物事の善悪を知るだろう。自分たちの人形――遊び道具としたかったワイルディング家のものは、ラズワードに言葉を教えないことによって彼を自分たちに忠実にしたかったのだ。
――残酷なことだと思う。言葉を知らなければ、自分が何をされているのかもわからないのだから。嫌とも、痛いとも……言えないのだから。
「――ジュリアンナ! どうだい、調子は!」
「あら、アンドレアさん」
扉をあけ、アンドレアが入ってくる。その口ぶりからしてアンドレアもラズワードを着せ替え人形にして遊ぶことに関与していたのかと思うと、アザレアは正直なところ不快感を覚えた。どう考えても普通じゃない。男という性別を持つ者からその性別を奪って愉しむなど、普通とは思えなかったのだ。
「おお、ラズワード……! これはまた美しいね!」
「そうでしょう。私のセンスがよろしいのよ」
「さすがは私の妻だ、ジュリアンナ。……では、少々いいかい? せっかくだ、この姿を写真に収めたいのでね、ラズワードを借りていくよ」
「ええ、できあがったら私にも見せてくださいね」
楽しそうに会話する夫婦を、アザレアななんとも言えない気持ちで見ていた。普段は優しくて、尊敬できる親なのに、ラズワードのこととなると途端にアザレアの理解できない事をする。
「アザレア、いきましょう。どこのお茶なのかしら?」
「あ、はい……とても有名な――」
アザレア自身はラズワードと顔を合わせたことはあまりない。アザレアが日中はレッドフォード家にいて帰るころにはすでに彼が寝ているというのもあるし、アザレアがラズワードのことを苦手としていたというもの大きな理由である。理由はやはり、彼のもつ独特の不気味な雰囲気。吸い込まれそうな深いブルーの瞳はぽっかりと空いた穴のような暗闇を孕んでいるし、言葉を持たないから感情を持たず、表情がないといっても等しい。恐ろしく整った顔が微動だにしなければそれはまるで人形のようなのに、呼吸をし、それとともに胸が膨らむのだからそれがまたアンバランスで恐怖を覚える。
ためしに話しかけてみてもやはり無反応で、魔が差して時々アンドレアがやっているサイン(手話とも違う、犬を相手にやるようなもの)をしてみれば動き出したのだから、いよいよアザレアはラズワードを本気で苦手だと感じるようになった。
アザレア自身、自分がそんなに誠実な人間だとは思っていないが、これは間違っているんじゃないかと思う。……それも、こうしてラズワードと距離をとっているから言えることなのだろうか。実際に彼を目にしたものは皆狂ったように彼の虜になってゆく。そして、異常な愛情を彼に向けるのだ。容姿のせいなのだろうか、あの珍しい深いブルーの瞳のせいなのだろうか。言葉を知らない生まれたままの魂と赤ん坊よりははるかに大きくなった体の不安定さが普通じゃない魅力を引き出しているのか。アザレアにそれはわからなかったが、あまり彼に近づかないようにしようとは思っている。ないとは信じたいが、自分もその狂人の一人になりたくなかったのだ。
「……?」
ジュリアンナとおしゃべりをしながらお茶を飲んで、そろそろ寝室にいこうかと思った時。通りかかった客間から、変な声が聞こえてくる。この時間にこの部屋は誰も使っていないはず、そう思ってアザレアはそっと扉に耳をあてた。
「――ぁッ、……ん、」
「……?」
なんの声だろう。苦しそうな声だ。もしかして、急に具合の悪くなったメイドあたりがここで休んでいるのだろうか。それならば看病をしなければ、そう思ってアザレアは静かに扉を開けた。
――その瞬間、信じられない光景にアザレアは自分の目を疑った。
「はぁッ、んぁ、ひゃぁ……」
「ああ、すごい、さすが、しまりがいい……、……アザレア様ッ!?」
そこにいたのは、住み込みの執事の一人レオンと、先ほどの着飾られたラズワード、そしてアンドレア。レオンとアンドレアは向かい合うように座り、レオンの脚……というよりは、局部の上にラズワードが乗っている。何をしているかは一目瞭然だ。ガクガクと揺さぶられ、ラズワードは冷や汗をかきながら必死にレオンにしがみついている。
ともだちにシェアしよう!