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あの悲惨な光景を見てからというもの、アザレアは時々ラズワードの寝室を訪れていた。レッドフォード家から帰ってくるのがあまりに遅くなってしまったときには諦めるが、ちょうど良い時間に帰宅できれば立ち寄ってみる。どうやらラズワードはアンドレアやジュリアンナに弄ばれていないときは基本的に放って置かれているらしく、幼いというのに広い寝室で一人、横になっているのだ。
「……ラズワード、まだ起きている?」
その日は、いつもよりは帰るのが遅くなってしまった。しかし、ラズワードが寝る時間よりは早かったため、着替えはせずにエリスの護衛のときの格好のまま寝室へ入っていったのである。
声をかけてみれば相変わらずラズワードは無言であった。しかし、最近は無反応というわけではなく、ちらりとアザレアを見てくれるようになった。頭を撫でてあげればパチパチと瞬きをして、もしかしたら嬉しいのかな、なんて思ってアザレアはどこか胸が暖かくなるのを感じた。
「今日はね……そう、ハル様にあったの。エリス様の弟君。私よりも年下で……ラズワードよりは結構大きいかもね。なんだかね、ちょっと荒っぽい……あは、私には隠しているみたいだけど、エリス様とは違って穏やかな男の子だった。笑うとすっごく可愛いの。あの子がレッドフォード家にいるんなら天界も穏やかでいられるかもね」
言葉を理解できないラズワードはきっと、アザレアが何を言っているのかわからないだろう。アザレアもそれを承知だった。でもラズワードが自分を見て話を聞いてくれていることが嬉しくて、独り言のようにいつも話しているのだ。ときにはエリスとの間にあった嬉しいことを、誰にも言えないからここで言ってみたりもする。
しかし、今日のラズワードはいつもと様子が違う。いつもはアザレアの顔をぼんやりと見ているが、今日はどこか一点をじっと見ているのだ。その視線の先になにがあるのだろうとアザレアはそれを追ってみたが、自分の腰のあたりにぶつかるだけで特に変わったものはない。
「……ラズワード? ……あ、どうしたの?」
ふと、ラズワードが起き上がってアザレアの方へ寄ってくる。珍しい彼の行動に、アザレアはびっくりしてしばらく彼を観察していた。
ラズワードはぐい、と手を伸ばし、その何かに手が届かなくてもどうやら諦められないようで体を懸命に伸ばしている。ただ、ベッドの上にラズワードがいて、ベッドの脇にしゃがみこんでいるアザレア、という位置関係だと……思ったとおり、ラズワードはバランスを崩してアザレアの胸にそのまま飛び込む形でベッドから落ちてきた。
「あ、あぶないよ、ラズワード……なあに、急に、なにかあったの」
急に体重をかけられたものだから床に寝っ転がる形になってしまったアザレアはくすくすと笑いながらラズワードを撫でる。一瞬自分に抱きついてくれたのかな、と胸が踊りそうになったが、どうやら違うようだ。ラズワードがつんつんとつついているものは。
「……それ、危ないよ。だめ、怪我したら大変だから」
アザレアの腰にさした剣であった。
ラズワードは剣の柄をつついては興味深げにそれを見つめている。子供が剣など危ない、と思いつつもそのときのラズワードの表情が初めて見るもので、アザレアは息をのんだ。その青い瞳に……おそらく初めて光を宿らせた。それはまるで星空のようにキラキラと本当に美しくて、思わず見とれてしまったのだ。
「だ、だめ。もう少し大きくなったら触らせてあげるから……」
はっとアザレアは目が覚めたようにそんなことを言ってみたが……どこか、その頭は夢心地であった。
――本当に、そのブルーは綺麗だった。
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