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――――――
――――
――…
「――……」
ちり、と日差しが目に染みる。カーテンから差し込むそれによって、もう世界は朝を迎えたのだということにラズワードは気付いた。気だるい体を起こせば、隣でエリスが眠っている。寝息をたてているところを見ると、彼は熟睡しているようだ。起こしてはいけないと思いつつも、ラズワードはそっとエリスの顔を覗き込んだ。
エリスは自分に何を見ているのだろう。目が美しいと、飛べると、その彼の言葉は素直に嬉しかった。出会った頃は彼が奴隷嫌いのレッドフォードの嫡子ということもあって酷い扱いもされたが、こうして接してみれば彼は悪い人ではないように思える。
――この人を、姉さんは守っていたんだ
アザレアが美しかった理由。それがこの人にあるのだと思って、ラズワードは気付けばエリスの少し長めの髪に触れていた。
「――アザレア?」
「……え」
ふと、エリスの唇からアザレアの名前が溢れる。ラズワードは驚いて身を引こうと思ったが、その前に手首をエリスに掴まれてしまった。そしてそのまま引っ張られて、キスをされる。
「ん――……」
優しい口付けだった。少し強引さも感じるが、暖かな熱を感じる。唇の感触を確かめるように何度も角度を変えてそれを重ね、その間にその大きな手のひらで髪をかき混ぜられる。エリスに好意を抱いているわけではなかったが、いつもとは違うそのキスにラズワードは思わずドキリとしてしまった。
「アザレア……」
「あ……」
唇を離すと、エリスはラズワードを抱き寄せた。肩口に顔を埋め、愛おしげに頬をすり寄せる。いけないと思いつつも、そのあまりに柔らかな抱擁に、ラズワードは抵抗する気力を奪われてしまっていた。
「愛してる……」
「……エリス様、」
「アザレア……アザレア……」
ダブらせている。
それに気付くのに時間はかからなかった。今、彼にとって自分はアザレアなのだ。同じ血を持っているわけだし同じ雰囲気を持っていてもおかしくない……そう思いながらもラズワードはエリスにされるがままになっていた。ここで突き放してはエリスに悪いと思ったのもあるが、ひとつ、驚いていることがあったのだ。
まだ、エリスがアザレアのことを好きだということ。
アザレアが行方をくらませたのはもう百年近く前のことになる。百年も会うこともなかった人をここまで想い続けることができるのかとラズワードは衝撃を受けたのだった。しかも、エリスはラズワードに何度も言い寄ってきている。
たぶん起きたらこんなふうにアザレアのこと口に出したりしないだろう。アザレアを好きだという気持ちは、諦めと共に彼の中で消し去ったのだ。だから普通に違う人に恋もするし、体を重ねることもある。でも、きっと心の奥底では……ずっとアザレアのことを想っているのだ。夢の中、無意識にアザレアのことを想っているのだろう。
「――エリス様」
アザレアはどこにいったのだろう。
ルージュに彼女が連れて行かれたあの日から、ラズワードは一度もアザレアに会っていなかった。もしかしたら……という諦めもそこにはある。
本当に、アザレアのことは好きだった。彼女がいなければこうして自分が誰かを想うこともできなかっただろう。剣を振るうことだってできなかった。世界を開いてくれたのは、アザレア。彼女の存在はラズワードにとってかけがえのないものであった。
だから、同じく彼女を愛するエリスに悪い気持ちは抱かなかった。彼女に幸せを与えた人なのだと思うと、愛おしさすらも覚えてくる。
「エリス様、今だけですよ……」
ラズワードは体を起こし、自らエリスに口付ける。
アザレアへの言葉にできないほどの感謝と、彼女を愛してくれたエリスへの親しみと、――願わくはアザレアが今でも幸せに生きていますように……と、そんな想いを込めて。
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