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『ディーバ』は少々古い建物ではあったが城を思わせるような華美な造りとなっており、アルビオンの中でも有名な娼館だと言われるだけのことはある、と納得できるようなものであった。娼婦の肩を抱きにやにやと笑いながら歩いてる太った男とすれ違って、傍から見れば自分も彼と同じだろうな、と思いながらラズワードはアザレアの隣を歩く。
「……娼館にくるのは初めてだよ」
「そうでしょうね。ラズワードはしたいって思えばすぐに相手みつかるでしょ?」
「……そうでもないよ」
独特のお香の匂いと、妙にきらきらとした建物の内部に酔ってしまいそうだった。しばらく歩いていると、アザレアは一つの部屋の前に立ち止まり、そこの鍵を開ける。
「ここ、私の部屋」
扉の中は、普通の一人暮らしの女性の部屋とさして変わりのない空間が広がっていた。生活のあとがそのまま残るこの部屋で客もとっているのかと考えるとラズワードは頭が痛くなるのを覚えた。
「ラズワード、する?」
「寝る」
「冗談に決まってるでしょ。そんな顔しないでよ」
へら、と笑うアザレアにラズワードはため息をついた。しかし、彼女は開き直っているのかとばかり思ったが、その瞳に僅かに浮かぶ悲哀の色にラズワードは気付く。「私はこんなに変わっちゃったんだよ」、まるでそう暗にラズワードに伝えようとしているような、そんな色に。
「ねえ、ラズワード……」
アザレアに背を向け、脱いだマントを部屋の隅に畳んで置いているラズワードの背後に彼女は立つ。そして、急に抱きつかれたものだからラズワードは驚いてバランスを崩してよろけてしまった。
「……格好良くなったね」
「……はあ?」
「……このままで、いて。ちょっとだけ……」
「……、」
何を言っているんだ、とラズワードがそう思ったとき。自分の背に抱きつく彼女から、小さなすすり声が聞こえてきた。「あ」と小さな声を発しそうになりながらラズワードは黙り込む。微かに震えながら泣く彼女が何を思って泣いているのか正直わからない。ただ、彼女は精神がかなり不安定であり、もしかしたらただ単に傍にいた男性の背に癒しを求めてこんなことをしているのかもしれない。そうラズワードは思うと、少し困って頭をかいたが、すぐに自分の体を抱く彼女の手をほどき、彼女に向き直る。
「……ラズワード?」
「……ほら」
きょとんと自分を見つめるアザレアに、ラズワードは軽く腕を広げて見せた。ふ、とほんの少しだけ顔を赤らめたアザレアの腕を引いて、ラズワードは彼女の体を抱きしめる。固まるアザレアの頭にそっと手を添えて、その華奢な体を全身で包み込むように抱いた。
「いいよ、いっぱい泣いて。誰にも言わないから。俺しか聞いていないから」
「……こういうこと、あんまり女の子相手にやっちゃだめなんだよ……」
「……でも、悲しんでいる人を放っておけない」
「……バカ、こんなことされちゃった女の子の気持ちよく考えなさい」
自分の腕のなかで、再び体を震わせるアザレアをみて、ラズワードは微かに笑う。優しく背中を撫でながら、腕に少しだけ力をこめた。
「姉さん、もう女の「子」って歳じゃあ……」
「う、うるさい! まだ若いでしょ!」
「……うん、そうだね。綺麗だよ」
「あー、もう、だから!」
ポコ、とラズワードの胸板を軽く叩いてアザレアが顔をあげる。ラズワードはその濡れた瞳を指でそっと拭ってやって、そして長い髪の毛を両手でわしゃわしゃとかき混ぜた。そのまま、くすぐったそうに目を閉じたアザレアの額に自分のそれをこつ、とぶつけて笑いかけた。
「姉さん。姉さんは、綺麗だから。初めはちょっと性格変わったなって思ったけど、やっぱり全然変わってない。昔のまま、俺を救ってくれたあの姉さんと同じだ」
「ど、どんな根拠でそんなこと……私は昔とは全然違う……」
「だってさ、こうやって泣けるんだから。本当に変わってしまったんなら、こんなに綺麗には泣けないよ」
ラズワードはふるふると震えながら唇を噛んでいるアザレアの目を覗き込むように目を細める。そして、その頬に手を添えて、静かにいった。
「……だから、今度は俺が姉さんを救うんだよ」
その日の夜は、同じベッドで二人で寝た。ずっと泣き続けるアザレアを抱きながら、ラズワードは今の自分について彼女に話してあげた。時折小さな声をあげながら反応してくれるアザレアに、ラズワードは何度でも微笑みかけた
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