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「だって……! もう、百年も! 誰も、ここから逃げられた人はいない! 何人も脱走しようとした、屈強な戦士が娼婦を救おうとした……! でも、だめだった! それなのに貴方にできるはずがない、貴方の無謀な賭けに巻き込まれて死ぬのはごめんよ!」 「できる……俺は――貴女の幸せを邪魔する者たちの誰よりも、強い!」 「――……っ」  ふと、アザレアが黙り込む。恐る恐るといったふうにラズワードの瞳を見つめ、唇を噛んでいる。  深いブルーの瞳に宿る強い光に、何かを感じたのだろうか。『オリヴィア』の瞳とは、同じ色なのに、違う色。自分の肩を抱くその手は大きくて、力強くて。アザレアは、そう、ラズワードが昔とは変わっていることにようやく気付いた。  そして、吸い込まれるようにその瞳を覗き込む。 「……でも、私……もう、外を歩けるほどに綺麗じゃない。わかるでしょ……? 私、こんなに穢いんだよ……?」 「――穢くありません!!」    アザレアの言葉に反応したのは、物陰に隠れていたデイジーであった。ぎょっとして固まるラズワードを気にする様子なくデイジーはアザレアに近づいていく。アザレアはわかりやすく嫌悪の感情を顔にだしていたが、デイジーは――アザレアに口付けた。 「~~ッ!?」  先に反応したのはラズワードである。勢いよく立ち上がり、デイジーと呆然とするアザレアの間に割って入り、胸ぐらに掴みかかる勢いでまくし立てた。 「おまえ何してんだよ! 無理やりキスするとかふざけんな、っていうか姉さんに手を出すな!」 「貴方がアザレア様の弟なんてきいていませんよ! 卑怯です、それって……それって……同じ屋根の下に住んでいたってことでしょう夜這いし放題じゃないですかふざけるな羨ましい!」 「お前と一緒にすんなこの発情猫! 俺は姉さんをそんな目で見ていない!」 「うるさいですよこのシスコン! 私を裏切るなんて……アザレア様を私から奪うなんて……絶対に許さないんですからね!!」  ぎゃんぎゃんと言い合いをする二人をアザレアはオロオロとしながら見上げている。 「気が変わった、おまえ今この場で狩ってやる。首を差し出せ、大人しくしてれば一撃であの世に送ってやるよ」 「は、やってみなさい。一端のハンターなんて目をつぶりながらでも殺せます。貴方に私が殺せるんですか?」 「ちょ、ちょっと……!」  お互いに武器を抜いた瞬間、流石にアザレアが止めにはいった。後ろから抱きつき、今にも斬りかかろうとするラズワードを抑えようとする。デイジーはそれをみて悲鳴を上げていたが、アザレアは渋い顔をしながらデイジーに諭すように言った。 「……デイジー、どうして貴女がラズワードと知り合いなの? まさか、変なことラズワードに頼んでいないでしょうね」 「うっ……」 「どうなの。正直に言って。ラズワードにまで人を傷つけるようなことさせないで」  厳しい口調で言われ、デイジーはしゅん、と俯いた。アザレア相手にはいやに素直だな、とそれを見ていたラズワードは思って少々面食らう。一応彼女がアザレアのことを本気で救いたいと思っていることをラズワードは知っていたため、二人の間に入るようにして言う。 「まあ……デイジーも悪気はないみたいだし……俺も変なこと頼まれたわけじゃないよ。あんまり彼女を悪く思わないでやってくれ」 「……人を平気で傷つける人は嫌い。……どんな理由があったとしても」 「……」  それを言われたら自分もアザレアの嫌いな人に入るな、と思ってラズワードは黙り込む。たぶん自分は大切な人を傷つける人が現れたらその人を容赦なく切り捨てるから。確かに自分のために人が殺されるのだと考えればそれは辛いことだろうな、と改めてラズワードは思う。  何をいえばいいだろう、そう思っていると、デイジーがぐいっと近づいて来た。そして、ぷるぷると拳を震わせながら叫ぶ。 「だったら……! アザレア様は、自分を犠牲にするっていうんですか……!? 人を傷つけたくないから、自分が耐えるしかないってそういうんですか?」 「……人を殺すくらいなら、私はそれでいい。私には価値なんてないの。どんなに蔑まされても、どんなに痛めつけられても、だからって私が抵抗してその人を傷つけていい理由にはならないでしょ」 「な……自分には価値がないなんて、そんなこと絶対に言っちゃだめなんですよ! 貴女が泣いているのを見て心を痛めている人がいるんですよ! アザレア様、貴女は汚くなんてない……こんなに、こんなに愛されているのに……!!」  ひく、としゃくりをあげてデイジーが泣き出した。あ、と思ってラズワードが彼女に近寄ろうとすると、後ろから手を引かれる。 「……行きましょう。ラズワード」 「え……」 「……泊まるところ決めてないでしょ。こっちにきなさい」  こんな状態のデイジーを無視するのかと、流石にラズワードはアザレアに不信感を抱きそうになったがその表情を見てはっとした。俯いた彼女の唇は微かに震え、ラズワードのシャツを握る手は不自然に力がこもっている。 「アザレア様……っ」  涙混じりの声で叫んだデイジーをよそ目にアザレアはそのままラズワードを連れてどこかへ行こうとしている。ラズワードはその声に引っ張られるように振り向いた。アザレアに小さく「待って」と言って、デイジーのもとへ歩いていく。そしてデイジーの目線に合わせて少しだけ屈んで、彼女にだけ聞こえるような声で言った。 「……大丈夫、俺にまかせて」 「……」 「デイジーの言葉はちゃんと姉さんに届いている。姉さんはきっと変わるよ。デイジー、さっきの言葉、俺も聞いていて嬉しかった」 「……――ね、」 「え?」  ぷるぷると震えるデイジーは、バッと顔を上げてラズワードを睨みつけた。顔を真っ赤にして、涙で瞳をグシャグシャに濡らして。 「抜けがけしたら、許さないんですからねっ!!」 「――わかってるよ」  はは、とラズワードは笑って、デイジーの頭を撫でてやる。デイジーは乱暴にラズワードの手を振り払うが、それでも泣き続けていた。ハンカチで涙を拭いてやろうとするとそれを奪われてラズワードは苦笑する。ハンカチを握り締め、それで顔を覆い、デイジーは小さな声で言う。 「ラズワード様……ありがと」 「……うん」  もう一度頭を撫でてやると、今度は素直に受け入れていた。ハンカチからちらりと目を覗かせて、デイジーはちょっとだけ笑う。ラズワードが微笑みを返してみると、デイジーは俯いて顔を隠してしまった。 「じゃあ、またね。デイジーは安心して待っていて」 「……」  こく、とデイジーは頷く。それをみて、ラズワードはなんとなくほっとして、アザレアのもとに戻った。アザレアがどことなくデイジーを心配するように見ていて、ラズワードは誰にみせるわけでもなく、安堵したような笑みを漏らす。  去っていく二人の後ろ姿を、デイジーはいつまでも、見つめていた。

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