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 マリーが迫る。ラズワードは何も言い返せなくて、饒舌に言葉を連ねるマリーを見つめるばかりであった。 「ハル様は……」 「とても幸せそうですね。貴方のことを本当に好きで好きでたまらない様子ですから。でも、これからどうなるのか、私は不安なのです。本当に、貴方とハルお兄様はずっと一緒にいられるのか」 「……俺は……いたいですよ。ずっと、ハル様と」  今朝からなぜか胸をよぎる不安。青い夢が怖くてたまらない。  夢の中、自分がなんども言おうとするのだ。 『貴方を、×××××』  自分で言っているのに聞こえない。何を言っているのかわからない。その言葉を知ってしまったときが、すべての終わりなような気がした。今の幸せが、全て崩壊する。  怖い。ノワールとの約束が、自分の中で異常な存在を持っている。ただ、あの人の願いを叶えてあげる、それだけの約束ではなかったのか。 「それなら、いいんです。貴方がお兄様のことを本当に愛してくれたなら」 「……」 「途中でお兄様を裏切るようなことは、しないでほしい」 「そ、そんなことするわけ……!」 「……そう、ですか」  マリーは、固く笑う。威圧的なその笑みに、ラズワードは目をそらした。滞留する不安が焼いた胸の傷を、抉られるような気がした。 「なら、いいんです」 「え?」 「私はお兄様が幸せなら、それでいいから」 「……」  ラズワードはマリーをじっと睨んだ。彼女の意図がわからない。詰まるようなこの空気に、ラズワードは息苦しさのようなものすら感じていた。 「……貴女は、俺にどうして欲しいんですか? 唐突にノワール様の名前をだして俺のことを揺さぶったと思えば、ハル様との幸せを願ってみたり……」 「萌えているんです」 「……。……なんだって?」 「ですから、萌えているんです」 「も、もえ……?」  宇宙語を話されてラズワードはぽかんとまぬけづらを晒してしまった。『もえ』?……『燃え』?いや、『萌え』?ここでどうして何が芽吹いたというのか。 「ああもうラズワード様、貴方は私のストライクゾーンなんですよ! その華奢な身体、白い肌、さらさらの髪……それでいて男性らしい強さをもった性格……ちょっと虐めて困った顔をしてもらいたい……いや、悩んでいる顔をみるのもいい……」 「あ、あの、ちょっと俺にわかる言葉で話していただけます?」 「ですから! この気持ちをまとめて『萌え』というのです!!」 「聞いたことないですけど!?」 「ああ、これだから下界に行っていない方は……常識ですよ、ニンゲン界では」 「すみませんねそこまでニンゲンの文化に精通していなくて」  きらきらと目を輝かせて言う彼女になんの悪意もないということがわかると、途端にラズワードは脱力した。ついていけない彼女のテンションに乾いた笑いを向けながら、ラズワードは彼女が静まるのを待つ。 「ハルお兄様のことを考えて悩んでいるラズワード様……うふふ、ドキドキしてきますわ」 「……そんな理由でさっきあんなこと」 「あれは私の本心ですけどね」 「え」  どういうことだ、と問おうとしたが、ぴょん、とマリーはラズワードの上から飛び降りてしまった。そしてくるくると歩き回って部屋を物色しだす。とくに見られて困るものもおいていなかったため、ラズワードはその様子を黙って見ていたが、彼女がクローゼットを開けようとしたとき、慌てて起き上がって叫んだ。 「ちょっと、そこは……!」 「えっ何があるんです? えっちなものですか?」 「そうじゃなくて!」  制止しようとしたが時は遅く。マリーはクローゼットを開けてしまった。 「……、これは」 「あ、あの……」 「……ラズワード様、好きなんですか? こういうの」 「……そ、その……趣味です」  ラズワードは僅か顔を赤らめてうなだれる。しげしげとクローゼットに顔を突っ込みながらソレを見ているマリーにはもう、言い訳をすることもできなかった。  クローゼットに入っていたのは、大量の武器であった。それも、狩った悪魔から奪ったヴァール・ザーガーである。ラズワードはいつからだったか武器を収集する癖がついてしまっていて、こうして狩った悪魔から武器を奪い取っては集めていたのだが、ヴァール・ザーガーというのは形が一般的には悪趣味と呼ばれるもののためクローゼットの中に隠していたのである。バガボンドにいたころは安っぽい武器を使っていたために手入れを入念に行っていて、それのせいで武器に対して愛着が湧いていたのかもしれない。それがたぶん、こうして武器を収集してしまう癖の原因の一つとなっているのだろう。 「あら! それは素敵なことですわ! でしたら、私と一緒にひとつ革命をおこしてみませんか?」 「はい?」 「ニンゲン界からここにはない武器を仕入れましたの。でもそれを上手く使いこなせる人がいなくて……きっとラズワード様ならできます! 私と一緒に革命を!」 「……革命って……もしかして前に言ってた、神族を倒すとかいう……」 「そうです! いくら神族であろうと、ノワール様がそこにいようと……あの武器には絶対に為すすべがないでしょう。さあ、ラズワード様! どうか、私たちと一緒に!」 「……」  ノワールを殺すのは、自分だ。  その想いからラズワードはそれを承諾はできなかった。しかし、断ることもできなかった。以前レヴィに言われたことを思い出したのである。「一人では神族をかいくぐってノワールにたどり着くことなどできない」。ノワールがいるのはあの施設。その施設にいるのはノワールだけじゃない。  一人でノワールを殺すことなど、できやしない。どうするべきか、そう悩んでラズワードが黙りこくっていると、マリーがずいっと顔を近づけてくる。 「いいお返事、待っていますね」 「待っ……」  ラズワードが返事をする前に、マリーは軽い足取りで部屋を出て行ってしまう。  わけのわからないことを言うようでいて、時折刺すようなことを言ってくる。マリーもそうだが、女ってすごいなと妙に感心しながらラズワードは閉じられた扉を見つめていた。

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