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「リノ、このデータは?」
「今日ゲットしました! これは有力な新情報ですよ~!」
ノワールは長い時間をとることもできないため、施設で空いた時間にデータをつくり、そしてそれをこの研究所に渡しに来てすぐ帰る、というのが平常であった。ただ、たまにこうして研究の様子をみていくということも多々ある。そして、この研究所だけには仮面やローブの着用はなしできていた(「研究所では白衣を着なくちゃ!」と無理やり脱がされたことがきっかけだが、おそらくその言葉は適当に作った口実で、研究員がノワールの素顔を見たかっただけのように思われる)。
「……どこからこれを?」
「ああ、今日ハルさんの従者の方が来ましてね、その方の記憶からとったものです」
「……従者……ラズワードか?」
「……あれ、知っていましたか、ラズワード君が奴隷から従者になったの」
「……あたりまえだろう。レッドフォード家の情報は全部こっちにきているんだ」
表情を変えずにノワールはリノに渡された資料を見ている。その瞳は資料に羅列する文字を追って静かに動いている。
「ねえ、ノワールさん」
リノはひょい、とノワールの顔を覗きこんだ。
「……会いたかったですか?」
「……誰にだ」
「……ラズワード君に」
すっ、とその瞳がリノを見つめた。暗い色をしたその瞳に、わずか光が差す。微かに動いた唇は何かを言いかけ、そして飲み込んだように閉ざされた。
「――リノ」
「はい……いたっ」
ぱん、とノワールが持っていた資料でリノの額を叩いた。微弱な刺激が頭に響く。もどかしいそれにリノはわずか驚いて、資料をどかしてノワールの顔を伺い見ていれば、ノワールはかすかに笑っていた。
「くだらないことを考えていないで研究に精をだせ。俺はリノたちの研究を頼りにしているんだから」
「……すみません、」
「悪いけど、これコピーとってもらえる? 帰ってからもう一度よく見てみるから」
「ああ、はい。ちょっとまっていてください」
リノはコーヒーを淹れてノワールに渡すと、資料を受け取って部屋を出て行った。コピー機のある部屋までいくと、一人の女研究員がいた。
「あ、リノ。今ノワールさん来ているんだって?」
「そう。これコピーするように頼まれて」
「へえ。私も挨拶してこないとなあ」
女はコピー機から紙束を取り出してそれをまとめると、部屋を出ていこうとした。しかしすれ違いざまに女はリノの表情をみて「げっ」、と小さい声を発して立ち止まる。
「リノ……顔キモい」
「え? いきなり失礼な」
「いや、そうじゃなくて、表情」
「んん~? いやなんか~……ノワールさん俺の研究室に連れこみたいな~なんて……ふふふ」
「……それ何? 死にたいって言ってるの? あんた」
ドン引きと言った表情で女は部屋からでていく。リノは彼女のことを気にすることもなく、原稿ガラスに資料をセットしてカバーをした。そしてコピー機に寄りかかって、ぼんやりと天井を見ながらつぶやく。
「……不思議な人」
額が、仄かな熱を持つ。
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