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王者に愛はいらない、王者はたった一人で生きるのだ――
その日、少年に新しい名前が与えられた。「ノワール」という名前。前ノワールを殺し、一つの大きな戦争をしずめ、正式にその「ノワール」となったのだ。年端もいかぬ少年が、組織の頭になったのである。
どのくらいの命をこの手に握るのだろう、人を愛することの許されない穢れたその身体は孤独に耐えられるというのか。小さな子供が背負うにはあまりにも重く、悲しい未来。
「浅葱……ごめんね、ごめんね」
誰よりもその事実を悲しんだのは、ノワール本人ではなく、母・筑紫だった。ノワールはもうすでに何人もの命を手にかけており、覚悟はできていた。しかし、筑紫はそうではなかった。これから彼に降り注ぐ不幸をおもうと、悲しまずにはいられなかったのだ。
なぜ、この子はこんなにも強い力をもって生まれてきたのだろう。この道を歩む彼は、これからどんなに苦しむのだろう。
「お母様、僕に触れないでください……貴女が、穢れてしまう」
「……浅葱、」
こんな歳で、まるで自分を「穢れている」そんな風に思うなんて。そんな、全てを諦めたような目をしないで。幸せを、捨てないで。
「お母様……なんで、泣いているんですか」
「……なんで、なんで貴方は泣かないの……!? わかっているの、ノワールになるっていうことは……!」
「……わかっています。でも、僕はもうすでに何人もの命を奪ってきました。今更、自分の未来に幸せを望む資格なんてありません」
「――馬鹿!」
パン、と乾いた音が部屋に響く。筑紫がノワールの頬を打った音だ。
「……本心から言っているの? そんなに悲しい目をして、それが本当の気持ち? 貴方、いくつだと思っているの、これからどれだけ長い時間を生きていくと思っているの……!? 幸せがいらないなんて、そんなことを言わないで!」
「……だって、僕は……!」
「人を殺めてきた……たしかに赦されることじゃない、でも貴方だって……ただの人間よ、少し強い力をもっただけの、人間でしょう!?」
「だめ、です……僕はもう、いいんです……」
「……そんなこと、言わないでよ。浅葱……お願いだから……自分のこと、諦めないで……」
筑紫はノワールを抱きしめ、泣いた。触れないで欲しいのに――それでも、彼女に抱きしめられることを、きっと望んでいた。彼女の暖かさが氷を溶かしたように……ノワールはぽろぽろと泣きはじめる。
本当は怖い。真っ暗な未来を一人で生きていくことは、怖い。
――普通の、幸せを感じてみたい。
でも、無理なんです。ゆるされないんです。
「お母様……今だけ、言わせてください」
「……?」
「……大好きです。貴女との思い出は、全て、暖かかった。貴女の息子として生まれて……僕は幸せです」
貴女の息子であるのは、この瞬間が最後だとーーまるでそんな風に、ノワールは筑紫を抱きしめ返す。その抱擁は、哀しくて、優しい。筑紫はただ、強く強く、彼を抱くことしかできなかった。
どのくらいそうしていただろう。
――二人は、バートラムが影から見つめていたことも気付かずに、ずっとそうしていた。
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