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雨が振っている。その中を歩くのは、喪服の青年と白い獣。
「……でてこなくていいんだぞ。傘に入らないんだから、濡れるだろ」
「今のお前の中に篭っていると鬱々として気分が悪い。外の空気も吸わせろ」
「……それは、悪かったね」
ノワールとグリフォンがたどり着いたのは、施設からすこし離れたところにある墓地だった。少し歩いて行くと、ひとつの墓の前に座り込む。
「……俺は、未だにあの人の心がよめない」
「……バートラムか」
「うん。俺をこの地位につかせるために人の心を捨てて、今やとんだ下衆野郎だ。てっきりあの人のなかには人情なんてものはなくなってしまったのかと思ったのに、」
ノワールの手が、ソレに伸びる。墓の前にあった弔花の花弁に。
「お母様の命日にはこうして、誰よりも早く花を供えにくるんだ」
ノワールの表情はどこか穏やかで。グリフォンは心底彼の心を理解できなかった。
幼いころからずっとノワールとバートラムをみてきたが、バートラムのノワールに対する「躾」はいつも見ていられないくらに酷いものだった。子供のころはただ恐怖心からバートラムに従っていた、といった風だったが、大人になるにつれてノワールは明確にバートラムに対する憎悪を抱くようになってくる。すでに恐怖心はなくなっているようだったが、「バートラムの命令には従わなければいけない」という信号が体に染み付いているのか彼に逆らうことはできない。
「おまえが殺せないのなら、私が殺してやろうか」そう、幾度と無くグリフォンはノワールに提案をした。しかし、絶対にノワールはその提案を飲もうとしない。彼の中には、未だバートラムを父親として、また妻を愛する人間らしさを、信じる心があったのだった。
「……おまえは、自分で自分を苦しめているんじゃないのか」
「……なに? 急に」
「もう少し、非情になってもいいと思うんだがな」
「……おまえの目には俺が優しい人間にでも映ってるの?」
「はあ……」
傘が傾いて、雨の雫がノワールの髪を濡らす。伝う雫はその白い頬に。
「……私は、いつまでもおまえの側にいる。苦しくなったら、そのときは私に――」
グリフォンが濡れたノワールの頬に頬擦りをした。
――傘が落ちる。
ノワールは、グリフォンの首に腕を回し、その首元に顔をうずめた。周りの者に弱みをみせてはいけない、頼れる人が誰一人としていない。そんなノワールが心を許せるのは、グリフォンだけ。
「グリフォン……」
「……」
「もう、苦しいよ……」
逃げたいならバートラムを殺せばいい。辛いなら命を奪うことに抵抗を持たない非情な人間になればいい。ノワールにはそれができない、できないのにバートラムの奴隷となり非情な組織の頂点に立たなければいけない。
「助けて」その言葉とダブって「殺して」と聞こえたグリフォンはただ悲しくて、冷たく濡れた彼の細い体に寄り添うことしかできなかった。
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