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「のわー、るさま……」 「気持ちいい? ラズワード」 「きもちいいです……あ、あぁ……」 「もっといやらしいことしてあげようか?」 「……う、……のわーるさま……」  ふ、と笑うノワールを、ラズワードは懇願するように見つめる。頷いてはいけない、でもして欲しい。 「……言えよ」 「……ふ、ぅ」 「俺に犯されたいって、言え」 「あ……」  さら、とノワールの前髪が目にかかる。黒髪から覗く、闇の瞳。どく、と血の気の引くほどの熱さ。急速に、血流がどくどくと波打ち始める。 「……して、」 「ん?」 「犯して……のわーるさま」  ノワールが笑った……ような気がしたが、彼はそれ以上動かなかった。ダッシュボードに置いた時計を手にとって、つまらなそうに言う。 「……10分たった」 「……え」  ノワールがため息をついて自分からのけようとしたものだから……ラズワードは思わず彼の腕を掴んでしまった。ぱちくりと目をまたたかせる彼に、ラズワードは切羽詰まったように言う。 「なんで……」 「時間がない」 「そんな……ノワールさま……酷い、です」  ラズワードはノワールにしがみついて、半泣きでそんなことを言った。ぐずぐずに熱くなる身体が、ほったらかし。そんな状態で放置されることの不満、そして…… 「俺、で遊んでいる……」  彼の気まぐれに抱かれることへの、辛さ。今のラズワードにあったのは、ハルへの罪悪感とか自分自身のプライドとか、そういったものではなかった。自分でもよくわからない、 「俺、今、ほんとうに抱いて欲しいのに……こんな、中途半端……ここまで煽ったの、ノワール様なのに……」 「……」 「……俺は、いっぱいいっぱいに貴方のこと考えているのに、なんで貴方はすぐに頭を切り替えているんですか……なんで俺と違うんですか、もっと俺のことでいっぱいになってください、俺だけが本気なんて――」 ――そこまで言って、ラズワードはバッと自分の口を塞いだ。今、自分はなにかとんでもないことを言わなかったか……そう思ったのだ。ノワールも驚いたような顔をしている。それも当然だ。ノワールがラズワードとのセックスに求めるのは愛情なんかではなくて、苦しみの緩和。そこに想いが伴わないことは、お互いがわかっているはずだった。それが「道具として扱うみたいだ」と言って拒絶したノワールに、それでいいから自分を好きに求めてと言ったのは、ラズワード自身。それを「酷い」と思うなんて……自分のなかで、何かが変わってしまっている、ということ。 「……あの、いまの……忘れてください」  つ、と冷や汗が頬を伝う。自分を失ってしまいそうだ。感情をコントロールできない。 「……ラズワード」 「……ッ」  そして、ラズワードはノワールの表情をみて、言葉を失った。どこか、焦ったような顔。余裕を失った、その瞳。車内はずしりと重い空気に包まれる。 「……やっぱり、俺のこと見るの、やめてよ」 「え……?」 「あの約束……なかったことにしていいよ」 「……っ、」  ノワールが哀しげに言葉を吐いた瞬間、――ラズワードは、ノワールにしがみついた。 「な、なんで……貴方を救えるのは、……俺しかいない、貴方を殺せるのは、俺だけですよ……そんなこと言ったら、誰が貴方を……!」 「だから、いいって。ラズワード、自分を傷つけてまで俺に関わらなくていい」 「き、傷ついてなんか……」 「じゃあ、さっきおまえはなんて言った」  ぐ、とノワールがラズワードを押し倒す。詰め寄られ、見つめられ、目を離すことができない。 「俺ね、欲しいと思った人には酷くしたくなる。自分の檻のなかに、閉じ込めたくなる。でも……わかるよね、俺の「欲しい」の意味は……おまえのそれとは、違う」 「……それ、ってなんですか。よく、言っている意味が、」 「……わかってない? ……わかってないならわかってないで、別にいいんだけど。でもあんなにはっきり言われたら、傷ついた顔をされたら……俺も躊躇する」 「だ、だから……意味がわからない」  ノワールの手が、ラズワードの髪を撫でた。さら、と髪を耳にかけてくれる。どくんと跳ねた心臓……これは、ノワールの言う「それ」なんだろうか。 「俺はこれからもっとおまえを傷つけるよ。俺に染まっていくおまえをみて、悦に浸る」 「……あなたに、染まる」 「違う人を愛しているおまえの心を、奪おうとする。俺のことだけを見て欲しいって思う。そしておまえを突き放して、追いかけてくるおまえをみて、笑うだろう。完全におまえを支配したって、そう震えるんだ。俺はね、そういう最低な人間だ。……だから、俺から離れて。あの約束がなかったことになれば、もう俺も……全部諦める」  ノワールが時計を腕にはめた。そして、ラズワードの手首を拘束していたネクタイをほどくと、手早く身につける。  運転席に戻ってしまったノワールを、ラズワードはぼんやりと見つめた。まだ、体は熱い。  ノワールの言っていることの意味がわからない。ノワールの言う、自分の胸のなかにある「それ」とは一体なんのこと。なんで、「それ」があると自分は傷つくというの。……なんで、さっき自分はノワールにぞんざいに扱われて傷ついたの。答えを知ってはいけない。そんな気がして。  ラズワードは、動き出した車窓の景色をぼんやりと眺めてることしかできなかった。

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