264 / 343
10
***
「ノワールさん、落ち着きないですね。あっちのチームが気になります?」
「アベル。俺の心を今読む必要はないと思うけど」
「いやいやすみません。機械の具合を確かめるために、ですから」
アベルはノワールにじろりと睨まれて、へらっと笑ってみせる。ラズワードが二人を見ていて思ったのが、あまりこの二人、関係が良くない。どこか棘のある言葉を一々言い合っているようにみえた。
「……ルージュが、まだジャバウォックを使いこなせていないからな」
「あー……ジャバウォック。言うこと聞いてくれるといいですね」
「……ジャバウォック?」
二人の会話で気になった言葉を、ラズワードがおずおずと訪ねてみる。ジャバウォック、どこかできいたことがあったな、と思ったが、うまく思い出せなかった。
「ルージュの契約獣だよ。俺のグリフォンと対の存在なんだ」
「対?」
「ノワールとルージュになった人は、必ず契約しなくちゃいけない魔物がいる。ノワールになったらグリフォン、ルージュになったらジャバウォック。どっちも曲者でね、扱いが難しいんだ」
「……それで、ルージュ様はジャバウォックを使いこなせていない、」
「うん。まだ彼女はルージュになって日が浅いしね。それに……ジャバウォックはちょっと……」
「ちょっと?」
「今までルージュになった女、死因のほとんどがジャバウォックなんだよ。ジャバウォックっていうのはヤバイ魔獣なんだ」
アベルがにやにやとしながら話に割り込んでくる。ノワールがむ、と顔をしかめたがアベルは構わず話を続ける。
「ジャバウォックは契約すると気が狂うなんて言われている、狂気をもった魔獣。力もそこら辺の魔獣なんかとは段違いだ。正直、今のルージュ様があれを使いこなせるとは思えないねえ」
「……どうしてですか?」
「だって彼女……魔力が……ねえ、ノワールさんも気付いていると思いますけど、彼女のもっている魔力って」
ノワールが言葉を制するようにアベルを睨む。しかし「無粋なことを言うな」と一言だけ言って、それ以上は何も言わない。
「……とにかく、俺はあっちの動向をさぐりながら歩くから、アベルとラズワード、おまえたちは周りの気配をしっかり探るように」
アベルとラズワードは、ノワールに命じられた通り、周囲に注意を向ける。今回の任務で狩る悪魔は、何体もいるようだ。親玉となる強いものが一匹、そしてそれに派生して生まれた小さな魔物が数匹。いつ姿を現すかわからないため、常に気をはっていなければいけない。
「ねえ、ラズワードくん。ここだけの話だけどさあ」
しかし、アベルはそんななか、ラズワードにこそこそと話しかける。一応周りの気配をさぐる魔術は続行しながら話しかけてきているようだ。器用なことをするものだと感心しながら、ラズワードもなんとか同じ魔術を続け、彼の話に耳を傾ける。
「ノワールさんにとってジャバウォックの話、地雷なんだよね」
「……そうなんですか?」
「だって、ジャバウォックのせいで何人ものルージュが死んでいる。同僚が目の前で次々と殺されていっているんだ。そりゃあね、さすがに冷血なあの人も気を負うわけだ。そんで、今のルージュの彼女……あの人、ちょっとヤバイ人だから」
「……さっきも言っていましたね。ルージュ様……なにかあるんですか?」
「あの人……凄まじい魔力量を持っている。その魔力量にものを言わせて大量の魔獣と契約をしているわけだけど……思わなかった? 彼女の魔力の波動、変だって」
「……たしかに」
アベルに言われて、ラズワードはルージュから感じた歪な魔力の波動を思い出す。パーティーのときにすぐに彼女の正体に気付いたのも、あまりにも特徴的なそれのせいだ。
「あの人の魔力は、純正じゃない」
「……? どういうことですか?」
「……食ってんだよ。魔獣の心臓」
「はい?」
「おまえ、バガボンドだったなら魔獣の心臓、知ってるだろ? 契約している聖獣とか魔獣に食わせて、魔力をあげることができる魔獣の心臓。あれを、あの人は食ってる」
「……いや、あれ……人間が食べるものじゃあ……」
「それを、食ってる。はは、彼女結構ね、ヤバい人で。……ジャバウォックにちょっと気に入られているみたいだ。だからノワールさんも結構ぴりぴりしている。ジャバウォックに気に入られるってうのはね、まあ……ご愁傷さまですってことだし」
ラズワードはアベルの話をきいて、口元を引き攣らせた。ルージュである彼女……見た目に反してなかなかに強烈なことをしている、と思ってしまった。何か事情があるのだろうかと思っても、まったくそれはわからない。ただ、ラズワードは昨晩から妙に彼女に敵意を持たれているような気がして、もしも彼女と対峙することがあったら恐ろしいな、と思ってしまった。
「あ、ノワールさん! 魔物! 南西方向に、二匹」
「……親玉ではないな」
「そうみたいですね」
ラズワードと話していたと思えばアベルはパッと魔物のいる方向をみて、ノワールに報告する。きくところによれば、ラズワードよりは少し年上、くらいのこのアベルという青年は、神族のなかでもナンバー2の強さをほこっているらしい。歴代のノワールよりも強さは上で、もしも今のノワールがいなかったとしたら、確実にノワールになれただろうと言われるくらいの実力者。自分の前ではへらへらとしているためラズワードは彼についてのそんな話を信じられなかったが、今の魔物への反応の早さをみて嘘ではないと確信する。ラズワードはアベルに言われて、初めて魔物の気配に気付いていた。
しばらくすると、魔物が二体、遠方から現れる。ラズワードはその大きさをみてぎょっとした。10メートル近くある巨大な魔物。いつもの悪魔狩りの魔物なんかよりも、数倍強い魔物だ。あれで親玉ではないというのだから、今回の任務の困難さを想像してラズワードは不安になってゆく。
「ま、あいつらは俺がやるんで! ノワールさんとラズワードくんは待ってて」
「……一人でやるつもりか」
「……だって俺、どうせ雑魚担当でしょ。二人は魔力温存しといてよ」
じろ、とアベルがノワールを見つめる。ノワールはばつが悪そうに、黙っていた。
アベルが躊躇なく魔物に向かってゆく。魔物が近づいてくるにつれて、その大きさははっきりと見て取れるようになってきた。本当に大きい。そして、なんとも不気味な容姿をしている。どこが顔なのかはっきりとしていない団子のような形、そしていくつもついた目玉。触手のようなものが大量についていて、体をひきずるようにして移動している。
アベルは剣を抜いて、まっすぐに魔物へ切っ先をむけた。それをみつめているラズワードはハラハラしっぱなしだったが、本人は怯える様子も全くなく。魔物が襲い掛かってくると、アベルは剣を振りぬいて、魔術を放った。攻撃を避け、防ぎ、……そして反撃。それの繰り返し。体の大きさの差をみるとどうしても不安になってくるが、決してアベルが劣勢というわけではなく。着実にアベルは相手の体力を奪っていっている。
「……ラズワード、おまえも、今回はああいう戦い方をしたほうがいい」
「ああいう、」
「余計な体力は使わず、少しずつ、確実に相手を追い詰める。昨日も言ったけれど、冷静を決して欠くな」
「……はい」
二人が見守っているなか、アベルは無事二匹の魔物を討伐した。戻ってきたアベルは、特に疲れている様子もなく、からっとした笑顔を向けてくる。
「この調子で、いけそうっすよ。ノワールさん、あっちの様子、今、どんな感じですか」
余裕余裕、といった彼の様子に、ラズワードは心のなかで拍手喝采を送っていた。思った以上に彼は実力者のようだ。
「……」
「……どうしました」
しかし、ノワールの表情はなにやらすぐれない。耳に付けた機械に手をあてて、険しい顔をしている。アベルがきょとんとしながらノワールにたずねてみれば、ノワールがわずか、動揺したような声で、言った。
「……あっちのチームの声が全く聞こえない」
ともだちにシェアしよう!