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ノワールがルージュのチームの動向を探り、全く心の声を読むことができなかったため、三人はルージュのチームの様子をみるために場所を移動した。ルージュのチームが向かう先はだいたい決めてあったので、そこへまっすぐに向かう。
「……ッ」
発見したのは、ルージュを含めて倒れているBチームだった。彼らの周囲には血が飛んでいて、魔獣にやられたのだというのがわかる。
「……リリィ、」
先に駆けたのは、ノワールだった。明らかに動揺した声でルージュの名前を呼び、急いで彼女の元へむかう。少し珍しいノワールの様子にアベルとラズワードは顔を見合わせたが、二人もノワールの後ろをついていった。
「……アベル、ほかの二人の治療を頼む」
「はい」
はじめのうちは焦ったような顔をしていたノワールだが、ルージュを抱きかかえるとその表情を変えた。ルージュだけ、ほかの二人と容態が異なっていたからだ。ほかの二人は血まみれで、体も傷だらけだったが、ルージュの体に外傷はない。ルージュは魔獣にやられたわけではない……? ノワールがルージュの体を調べる魔術を使いながら、顔をしかめている。一体ルージュがどうしてしまったのかと、ラズワードも気になってノワールの隣で彼女を覗きこんでいた。
「……精神的なショックで気を失ったようだ」
「精神的な?」
「……ジャバウォックが原因だと思うけど」
ノワールがなんとかルージュの容態を分析し、彼女がこうなってしまっている原因を発見する。精神的なショックの場合、魔術で治療するのは難しい。ノワールが参った、という風に、苦し紛れに軽く彼女の名前を呼んでみる。
「リリィ、……おい、リリィ」
「……う、」
「……! リリィ、大丈夫か」
運がよかったのか――ルージュは、ノワールの呼びかけて目を覚ます。ほっとしたような表情を浮かべるノワールは、なんだか普通の人のようで、ラズワードは少し驚いてしまった。ルージュはノワールに抱きかかえられながら、しばらくぼーっとしていたが、やがてハッと目を見開くと、ノワールに掴みかかる勢いで体を起こす。
「……ノワール……!」
「……リリィ、大丈夫なの」
「……一旦、撤退したほうがいい……危険だから……!」
「え?」
ルージュの言葉に、ノワールは訝しげな表情を浮かべる。かたかたと震えるルージュの様子は、恐怖に怯えているようで、ノワールは彼女を落ち着かせようと手を掴んでやった。
「――ジャバウォックが、破られた……!」
「……破られた? ……リリィが気を失っていたのは、ジャバウォックを上手く制御できなかったからじゃないの?」
「違う……今日は、ジャバウォック、ちゃんということをきいてくれたの……でも、負けた、……あの魔獣に、ジャバウォックが負けた……」
「……!」
ノワールは驚きのあまりに固まってしまった。
ルージュが気を失っていたのは、ジャバウォックが大きな傷を受けたからである。ジャバウォックは契約者と強い結びつきを必要とする魔獣で、大きなダメージを受けて一気に体を傷つけられた場合、契約者にもその影響がでてしまうのだ。今回、ルージュが倒れてしまったのは、それが原因。今回のターゲットの魔獣は、最強と言われるジャバウォックを打ち倒すほどの力を持っているということになる。
「……」
ノワールはしばらく考え込んだように黙っていたが、やがてため息をついて立ち上がる。
「……アベル、ルージュ達についていてやれ」
「……え、ノワールさん……いくつもりですか? ジャバウォックを破るって……一旦体勢を整えましょう、施設に戻ったほうが」
「……戻ったところでどうになる。俺が倒せないなら、どうせ誰にも倒せない」
「それは……」
「ちょっと……ノワール……!」
歩き出そうとしたノワールを、ルージュが慌てて引き止めた。必死の形相で、ノワールに怒鳴りつける。
「馬鹿なことはやめて! 死ににいくつもり!?」
「……やることもやらないで死ぬつもりはないよ」
「じゃあ……せめて、私が回復してからにして! 一緒にいくわよ、ジャバウォックだけではだめでも、貴方と一緒なら」
「ジャバウォックがいつでもいうことをきくわけじゃない、それにあの魔獣は俺を疎んでいる。協力できるとは思えない」
「だからって……一人でいくつもり!? 無茶なことはやめて!」
「……一人でいくなんて言ってないよ」
え、とルージュは息を呑む。ノワールの視線の先を追うように、ルージュはゆっくりと首をまわす。その先には――
「――ラズワード、ついてこい。おまえが俺のパートナーだ」
「……!」
その場にいた者の視線が、ラズワードに集中する。ルージュが顔色を変えて叫んだ。
「なっ……ラズワードがノワールのパートナー!? 足手まといになるわ、あれを連れて行くくらいなら一人でいったほうが安全よ!」
「……いや。彼は、強い」
「買いかぶりすぎよ! たかがレッドフォード家の従者でしょう!? ジャバウォックを倒すような魔獣と戦えるだなんて思えない! いくら、魔力を持っているからって……」
「……リリィ」
ノワールがぽん、とルージュの頭に手を乗せる。ルージュはきゅっと唇を噛んでノワールを見上げた。
「大丈夫、俺が選んだ男だから」
「……ノワールが選んだって、」
「ラズワードを今回連れて行くことを提案したのも、俺だから。リリィ、きっと君は彼のことをあまり知らないから彼のことは信じられないと思うけど……選んだ俺を信じて。死んだりしない、大丈夫だから」
ルージュはそれ以上なにもいうことができなくて、悔しそうに拳を握りしめていた。じろ、と恨めしそうにラズワードを睨みつける。
「……ちゃんと、帰ってきてね」
それだけ言って、ルージュは立ち上がるととん、とノワールの背中を押した。ノワールはわしゃわしゃとルージュの頭を撫でると、ラズワードのもとへ向かう。
「ラズワード」
「……はい」
「……そういうわけだから」
す、とノワールが手を差し出してくる。
「よろしく。俺の隣に立って、戦ってくれ」
「――はい」
ラズワードはノワールの手を握り返す。まっすぐなノワールの視線から逃げず、ラズワードは彼を見つめ返し、笑ってみせた。
ノワールとラズワードが去っていくと、残されたルージュがどさりと座り込む。呆然とノワールの消えてゆく背中をみつめているルージュの様子を伺うように、アベルが彼女に近づいてゆく。
「どうしました? そんなにノワールさん、心配ですか?」
「……なんで、あいつなの」
「え?」
ぽろ、とルージュの瞳から涙がおちたのをみて、アベルが口元を引き攣らせる。ルージュが何を考えているのかわからない、といった顔だ。
「私……私だって、強いのに……強くなったのに……なのに、なんでノワールはラズワードを選ぶの」
「え、えー……ほら、ラズワードは男だし、……ノワールさんはあんまりルージュ様に戦って欲しくないんじゃ、」
「男とか女とか、関係ない! だめなの……ノワールは、ラズワードに依存しちゃ、だめ……」
「依存? え?」
「……ノワールが……死にたいって、そう思っちゃう」
アベルはうーん、と唸ってルージュの隣に座り込む。アベルはいまいちノワールとラズワードの関係を把握していないようだ。とりあえず、といったふうにルージュの頭を撫でてやって、「俺もいきたかったなあ」なんてつぶやいていた。
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