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「……もう一度、いくぞ。もうグリフォンはしばらくだせないけど……いけるか」 「……いきます。ノワール様、サポートをよろしくお願いします」 「……ああ」  剣は先ほどやられたときに失った。所持している武器は、あとはナイフ数本と銃二丁。十分だ、そう思った。バガボンド時代はずっとナイフとライフルで戦ってきた。剣よりもナイフを扱っていた年月のほうが、長い。それから、コルコンディアもなくしてしまった……が、それもとくに問題ないだろう、と思った。それは、根拠はない。なんとなく、ノワールとならば機械に頼らずとも連携はとれそうな気がしたのだった。 「ラズワード」 「はい」 「……俺にサポート頼めるやつなんて、おまえしかいないからな」 「……はい!」  ふ、とノワールが笑う。少し珍しい表情だと思った。戦闘に興じるタイプではないノワールが、こうした挑発的な笑みを浮かべるのは珍しい。それほどに、ノワールはラズワードが立ち直ったことが嬉しかったのだろう。  グリフォンがいないため先ほどよりもずっと接近するのに時間がかかる。攻撃は全て自分で見定めて、魔力を使ってガードをしなければいけない。できないことではない、ノワールがグリフォンがいなくても攻撃を受けずにいられたのだから。 「くるぞ!」 「――はい!」  二人が接近すると、魔獣が攻撃を放ってきた。やはりちょうど真ん中を狙ってくるため、それを避けるのに引き離されてしまう。 「そのまま敵にむかえ!」  ノワールの叫びが聞こえ、ラズワードは走りだした。ノワールのサポートが届くのは、彼の視界に入る範囲。彼との距離と、魔獣の攻撃の位置を考えて動かなければいけない。ノワールの言葉は「おまえがどう動いても俺がなんとかする」という意味が含まれているのだろうが、ある程度はこちらもノワールを意識して動かなければいけないだろう。 ――あの攻撃がきたらノワール様はどう避ける? 避けたときに俺はノワール様の視界のどの位置にいる? 俺を追ってノワール様はどう動く?  走りながら、魔獣の攻撃を避けながら、ラズワードは必死にノワールの行動パターンを予測した。ノワールは自分の力に十分な自信を持っているため積極的に前に進むだろう。しかし、好戦的な性格ではないから無茶なことは決してしない。ノワールにとって「いける」且つ「無茶でない」範囲は一体どこか。さらに常に冷静に最善策を練っている彼はその状況のなかで最も良い行動をとる。たくさんのあり得る行動パターンから、彼の性格で動きを予想して、自分の行くべき場所も定めていく。何度も彼と剣を交えたからこそできること。ラズワードにとってここまで頭を使って戦うというのは初めてだった。  目の前に、ものすごい勢いで魔獣の手が迫ってくる。ノワールのサポートの届く範囲は、――見定め、そこに向かって移動し魔術を使ってガードをする。そうすれば次はまた別方向から。この位置からだと、どう動けば――  考えて、読んで、半分賭けの状態でラズワードは突き進んでいった。ノワールの行動を読み誤れば致命傷を受けることになる。しかし今のところ間違いはない。ラズワードが読みを正確にしているというのもあるが、逆にラズワードの行動をノワールが読んでいるためでもある。ラズワードが自分の動きをどう予測するかを、ノワールが予測して行動する。お互いの思考の読み合いが、奇跡的に噛み合っているのだ。  グリフォンといたときよりも魔獣に近付くことができている。グリフォンの場合は、ノワールの心をしっかり読んで、それから行動するためわずかに遅くなるのだ。ラズワードの場合はこちらでノワールの行動を予測して勝手に行動するため、少しだけ早い。 「……!」  魔獣のすぐ側までなんとか近寄ることができた。ここからはノワールのサポートの魔術が、防御用のものから攻撃用のものに切り替わるだろう。ちらりと後ろをみればノワールも魔獣の側までやってきている。ただ、ノワールはおそらく直接攻撃はしない。ラズワードとノワールで二人で攻撃するよりも、ノワールがラズワードをサポートして攻撃したほうが威力が高いからだ。 「ラズワード、きこえるか!」 「……はい!」 「ここまでくれば相手の攻撃は少なくなる! おまえにむかってくる攻撃も俺が撃ち落とすから、おまえは攻撃することに集中しろ!」 「はい!」  側までくれば、自分にあたることを防ぐために魔獣は攻撃の量を減らしてくる。手による攻撃も、届かない。ノワールに、自分だけではなくラズワードへの攻撃も防ぐ余裕ができたのだろう。だからここからは、すべての魔力を攻撃に注ぐ。 「……っ!」  目の前に、大きな魔力弾。ラズワードは既に手に持ったナイフに大量の魔力を込めていた。攻撃用に溜めた魔力だが、ここで魔力弾をガードするのに使ってしまうか……一瞬悩んだが、ラズワードはそのままガードをせずに突き進む。 「ラズワード!」  脇からノワールが魔術を放ってくる。ラズワードへ向かってきた魔力弾を撃ち落とし、ラズワードの進路をつくりだす。大丈夫、ノワールは確実に攻撃を防いでくれる。ラズワードはそう確信して、ガードの魔術を使わない。  ナイフに込めた魔力はほぼ最大の量。距離は十分つめた。これを放って、それが命中すれば―― 「いけ……!」 ――勝ちだ。  ラズワードが放った攻撃は、まっすぐに魔獣の弱点である顔面へ向かう。魔獣はそれから身を守るべく魔力弾を放つが、ノワールがそれを撃破する。次に身体をそらして避けようとするが……今度はノワールがサポートの魔術でラズワードの攻撃の軌道を変える。  当たるか――息を呑んで、ラズワードは自分の放った攻撃の行方を見守った。 「――っ」  結果は――勝利。ラズワードの攻撃は魔獣の弱点に命中し、魔獣は悲鳴をあげながら倒れていった。  砂煙がまきあがる。ラズワードの放った氷が光っている。魔物の長い手足のせいで行く手を阻まれているが、なんとかラズワードはノワールのもとにたどり着いて叫ぶ。 「た、倒せましたか!?」 「……ああ、死んでるな」  ノワールは少し疲労したように息をきらしていたが、笑ってくれた。 「ノワール様のサポート魔術、すごいですね、なんですかあれは! 軌道の調整までできるんですか?」 「火と水の魔術を合わせて使って気圧を変えている。ラズワードには火の魔術が使えないから教えられないかな」 「え……そんな」 「……まあ、本当にがんばったのはラズワードだから。おまえがいなかったら勝てなかったよ」  ノワールが手を差し出してきて、握手を求めてくる。ラズワードがそれに応じると、ノワールが苦笑しながら言った。 「……髪に氷ついてる」  指摘されて、ラズワードが自分の頭をはたくと、きらきらと細かな氷の粒が落ちてゆく。ノワールはその様子を、どこか眩しそうに見つめていた。

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