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(やばい……はやく回復しないと)  治癒魔術をかけて逃げないと、トドメをさされる。そうわかっているのに、痛みのせいで頭が働かず、魔術が使えない。じわ、と血が体から溢れ出て、地面に血が染みこんで、気持ち悪い暖かさが生まれてゆく。さあっと血の気が引いていくのがわかるのに、体は熱い。過呼吸に近いくらいに呼吸は荒くなっていって、意識が遠のいてゆく。コンコルディアも壊れてしまったため、ノワールの声が聞こえない。  もう、だめだ。そう思った。魔獣が魔力弾を放つ音がぼんやりと聞こえてくる。ぐわんぐわんとその音が頭のなかで反響して、気持ち悪い。死ぬ――そう思った時、激しい閃光が視界を奪う。なんとか顔をあげれば――ノワールが、すぐ前にたって自分をかばっていてくれた。攻撃を防いで、ノワールは慌てたように振り向きしゃがみ込む。 「おい、しっかり!」  ノワールがラズワードの手を強く掴む。そうすると、ラズワードの傷が回復していった。しかし、回復したからといってすぐに動けるようにはならない。ラズワードがぼんやりとしていると、ノワールが抱きかかえてきた。そして、おそらく風の魔術――それを使って、一気に遠くまで移動する。 「動けるか、ラズワード」  ノワールの腕のなかで、ラズワードはぼんやりと、心配そうに覗きこんでくる顔を見上げる。もう体は痛くない、しかし、痛みの記憶は鮮明に残っている。それが体を動かそうとしない。 「他に痛むところは? すぐにいくぞ、また敵がくる」 「……無理です」 「え?」 「もう、無理です……」  ラズワードは先ほど感じた強烈な痛みと死の気配におびえていた。今まで戦ってきて、あそこまで体に傷を受け、死に近づいたことはなかった。治癒魔術が使えなくなるほどの痛み、じわじわと死に追いやられていく感覚。あれ以上のものはないのではないかというくらいに、怖かった。体が回復しても、また敵に立ち向かって同じ傷を負うかもしれないと思うと、動けなかったのだ。 「あんなの、勝てない、無理です、死に行くようなものです」 「……簡単に倒せる敵じゃないってことははじめからわかっていたことだ。一回死にかけたくらいで諦めるな」 「……無茶いわないでください……俺はノワール様みたいに強くない、次こそ本当に死ぬかもしれない……!」 「おまえが強くないなら、俺はおまえをパートナーなんかにしてない」 「勝手に期待しただけでしょう! あんな化物に勝てるほど俺は強くない!」  ラズワードが叫ぶと、ノワールがショックを受けたように固まった。その表情に、ラズワードはぎょっとする。 「……じゃあ、俺が今までラズワードのことを欲しいって言っていたのは、俺は一人よがりな妄言だって言いたいの」 「え……」 「おまえが自分の強さを自覚して、俺を殺せるって断言して、俺はそれを信じてきたのに……おまえは俺を騙したっていうのか」 「……、そうじゃ、ない」 「俺はおまえの強さに焦がれていた、それを全部……俺の妄想だって言いたいのか」  ノワールはあんまりにも、悲しそうな顔をしていた。全てを裏切られた、というような。……そうだ、いままでノワールがラズワードを求めてきたのは、ラズワードが強いから。ラズワードがノワールを殺すことができるほどの力を持っていなければ、ノワールはラズワードに執着などしたりしない。ノワールがラズワードのことを強いと判断し、そしてラズワードも自分を強いと自負してきたから、この関係は成り立っていた。それなのにここでラズワードが「自分は強くない」なんて言ったものだから、ノワールがショックを受けるのは当たり前のことだった。 「一度……死にかけた、それだけでおまえが弱いなんて証明にはならない。今のおまえには俺がついていて、俺がついていたからおまえは生きている。俺がついていれば、おまえはあの魔獣にだって勝てる、弱くなんてない」 「それは……ノワール様が強いってことでしょう。俺が強いってことには……」 「俺は弱い人のサポートなんかにつかない。そもそも弱い人をパートナーなんかに選ばない。足手まといになるから」 「俺は……足手まといじゃないって? さっき死にかけてノワール様に迷惑かけたばかりなのに?」 「一度の失態で弱いなんて判断しない。それに、ラズワードにはいてもらわないと困るんだ。俺一人じゃあ、あれには勝てないから」 「自分は強くなんてない」、その発言が、どれほどノワールにとって辛いものであるか……ラズワードはいまさらのように気付いた。今までおまえがすがってきたものが、偶像であったと言っているようなものだから。 ――俺は、強い。強くなくてはいけない。強くあることが――この人を、救う。 「いいか――俺とおまえが、この世界にこの時に生きて、そして出逢って……それは、運命だ。この世でたった一人……俺に運命なんてものを信じさせてくれたおまえは……ラズワード、おまえは――立て、戦え、俺と一緒に俺の隣に立って、勝利を掴め! おまえは、強いんだ!」 「……っ」  ラズワードはぐっと唇を噛む。自分は強くなくてはいけない、自分は強い。ノワールの言葉に奮い立たされたように、ラズワードは体を起こす。ここで自分は勝たなくてはいけない、諦めてはいけない。この人の隣に立つことができるのは、自分だけなのだから。 「……戦います。ノワール様……もう、俺は……弱音を吐きません」 「……!」  ノワールが安堵したように笑った。その表情に、ラズワードはぐっと胸が締め付けられるような感覚を覚える。自分が強くあることが、彼にとっては救いであると。そう思い知ったのだ。

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