306 / 342

*** 「えっ!? 私じゃなくなったの?」  魔物の巣の破壊の指令がレッドフォードに下ると伝えられたルージュは、驚いた様子であった。それと同時に、少しだけ安堵したような表情を見せる。 「君は忙しいからね。その仕事はレッドフォードにやってもらうことにしたよ」 「そ、そう……わかった」  ルージュは一度、魔物の討伐へ行って酷い目にあったことがある。それはトラウマになるほどのもので、ルージュは今回の指令に恐怖を覚えていたのだ。ノワールもそんなルージュの意図を汲んでおり、彼女のホッとしたような顔をみて安心した。  しかし、ルージュは安堵と同時に複雑な表情を見せる。自分の代わりに魔物の巣の破壊へ向かうというレッドフォードのことが気になるようだった。 「……レッドフォードのハンターといえば……ハル様かしら」 「……ハル様にそんな危険な真似はさせられないよ。代理の彼がいるからレッドフォードに依頼したんだ」 「……その危険な仕事を、アイツにはさせていいんだ?」 「彼にとっては危険ではないからね」 「……」  「アイツ」。ノワールがその「彼」を認めるような発言をした瞬間――ルージュの表情は曇る。忌々しげにノワールを睨み上げると、不愉快そうに眉を顰めた。   「――ずいぶんと、信頼しているようね。ラズワードくんのこと」  ルージュはくっと頭を突き出して、ノワールの顔を下から覗き込むように見つめた。腰に手をあてて、機嫌の悪さが全身からにじみ出ている。  ノワールはそんな攻撃的なルージュの視線にたじたじとなってしまって、一歩、後ずさった。彼女がここまで自分に対して不機嫌な視線をぶつけてくるということがほとんどなかったため、参ってしまっているのである。  ルージュは、天邪鬼な性格をしている。根は愛らしい乙女なのだが、絶対にそれを表に出さない。ノワールに対して複雑な想いを抱いているようだが、そのどんな感情もノワールに直接ぶつけてくるということはほとんどない。罵声を浴びせることがあったとしても、視線を合わせたりはしない。こうしてまっすぐにノワールのことを見つめて、抗議してくることなんてないのである。だから――このルージュの視線を、直視できない。 「ノワール。私、レッドフォードに仕事を回すほど忙しくないわよ。魔物の巣なんて、私が壊しに行く。……なんてバートラムに言ったの?」 「……もう、この仕事は君には関係ない。そんなこと気にしなくてもいいだろう」 「――私よりも、ラズワードが適任だって、そう言ったんでしょう」  カツ、とルージュが一歩、ノワールに迫った。そして、もう一歩。慣れない状況にノワールは戸惑い、そのままはぐらかすこともできぬまま壁際に追いつめられてしまう。 「……貴方、ルージュである私よりも、ラズワードのことを信頼するつもり? 私はね、女だけど貴方と対等な立場なの。貴方は……私と自分を対等だって、思っていないでしょう。だから、こうして私に危険な仕事を回さない」 「な……対等だって思っているよ。俺は性別で人を判断するつもりはない。今回はたまたま、女性には不適任な仕事だったってだけだ」 「そういうつもりでしょうね、ノワールは。けれど貴方はいつも、私を護ってばかり。貴方は私の前に立って、盾になろうとする。でも……ラズワードはどうなの。あいつは……アイツは、貴方の隣に立っている。貴方はアイツを護らない、……その強さを、信頼しているから!」  とん、と壁に手をついたルージュは、うなだれて額をノワールの胸元に当てる。そんなルージュを見下ろし、ノワールはなんとも言えない気持ちを抱いてしまっていた。  ――こんなに華奢な彼女に危ないことをさせられるわけがないじゃないか、と。 「……私、強くなったよ、……ノワール。ラズワードのことばかり、見ないでよ……」  ひく、と彼女の嗚咽が聞こえてくる。怒鳴っているうちに、感極まってしまったのかもしれない。  ノワールはそっとルージュを抱きしめて、頭をぽんぽんと撫でてやった。抱きしめると、彼女の体は柔らかくていい匂いがした。  例えるなら――ルージュは、花。そして、ラズワードは剣。その認識は、ノワールの中で変わることはなかった。ルージュのことを、自分の浸かっている血の池に引きずり込みたくない。ただ遠くで、美しく咲いていて欲しい。時々、花びらを一枚、指先で触れさせて欲しい。  ノワールの抱擁からは、そんな彼の想いを感じ取れてしまった。まるで繊細な硝子細工に触れるように自分に触れてくるノワールの態度に、ルージュは益々不快感を覚えた。 

ともだちにシェアしよう!