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 リリィは召喚魔術を駆使した戦法をとってくる。ラズワードはリリィの周囲に出現した魔法陣を見て、マリーから聞いた話を思い出した。  もう、怖気付いてはいられない。彼女の想いに応えなくてはいけない。 「俺は――……」  しかし――剣を構え、自分の名を告げようとした時。ラズワードは、何故か言葉に詰まってしまう。  リリィの真剣な目を見ていると、本当に剣を振るってもいいのだろうかと迷いが出てきたのだ。 「どうしたの、貴方も構えなくては、死ぬわよ!」 「……っ、」  リリィはノワールを愛し、その上でノワールを救おうとしている。では、自分は?そう考えたとき、ラズワードは自分がリリィと戦うに値する想いを持っているのかと、迷ったのである。  ノワールを死をもって救いたいという気持ちは、本気だ。けれど、ノワールという人物に対する想いはなんなのだろう――ラズワードは自問自答し、その答えが出てこないことを恐ろしいと思った。  敬愛? 執心? 庇護欲?――どれも違う。答えがでないのならば、ラズワードはただノワールの言葉の通りに動く泥人形に等しいということ。何の想いをもってノワールを救おうとしているのか――その答えが出なければ、本気でノワールの幸せを願うリリィと戦ってはいけない。 「俺は……」 「ラズワード! 剣を構えなさい! 私は屠殺に来たわけじゃない! 貴方を私の敵として殺すために来たのよ! 剣を―ー……」 「――っ、」  魔法陣から魔物が出現する。ランクは――Sクラスを超えた、SSに値する魔物だ。ハンターによる討伐が禁じられた、最上級の魔物である。そんな魔物が、5体。一匹の魔物ですら契約するのは難しいというのに、このリリィという少女は常識をはるかに超えた召喚魔術を使ってきたのだ。  魔物たちはリンドブルムを筆頭にラズワードを食い殺さんと狙いを狙いを定めている。リリィは一向に攻撃態勢にはいらないラズワードを苦々しい目で見ていたが、やがてあきらめたようにため息をついて「いけ」と魔物たちに指示を下した。 「ノワール様、俺は……俺は、貴方を、……」  魔物たちが襲ってくる。ラズワードは護りにだけ徹して、魔物たちを攻撃しようとしなかった。この魔物たちを倒した先に、ジャバウォックが待っているだろう。ルージュであるリリィの、最後の切り札だ。ジャバウォックは普通の魔物とは違って、リリィとの繋がりが非常に強いという。ジャバウォックを傷付ければ、リリィも一緒にダメージを受ける。つまり――ジャバウォックを出してきてからが、本当の決闘になる。ラズワードはまだジャバウォックを戦う勇気が出ず、この魔物たちとの戦いを引き延ばすようにひたすら防御のみをしていた。  ――ノワール様は、俺にとってなんなんだろう。  魔物の攻撃を防ぎながら、ラズワードは自問自答する。  初めて出会ったときは、殺してやろうと思っていた。しかし、力に屈して彼へ服従するようになっていた。やがて、彼の弱さを知って、彼を救いたいと思うようになっていた。  潮風に吹かれる、ノワールの細い背中を思い出す。あのまま、波間に攫われてしまいそうだった貴方を、俺は抱きしめた。あの時俺は――……何を考えていたのだろう。 『愛しているよ』  抱きしめた細い体が、熱をもって、心臓が鼓動している。彼の唇から紡がれた言葉に、熱を帯びた湿り気がある。生きている――そう感じたとき、俺は貴方をさらに強く抱きしめた。  愛おしいと、思っていた。 「俺は、貴方を――」  剣に迷いをのせてはいけない。戦いには覚悟が必要だ。  ラズワードは剣を振るうと同時に、ある言葉を叫ぶ。その言葉は剣から放たれた魔力による轟音でかき消され、誰も聞き取ることはできなかった。 「な、……」  リリィの操る魔物たちは――なんと、ラズワードの一撃で消し飛んだ。ラズワードの放った攻撃は、魔獣たちの急所を破壊して、一瞬にして絶命させたのである。    さすがに驚いたリリィは唖然として瞠目した。舞い上がる粉塵が晴れていけば、そこに、剣を構えたラズワードが立っている。 「――俺の名は、ラズワード・ベル・ワイルディング」  リリィに向けられた剣に、迷いはなかった。  ノワールへの想いに、答えは、出た。 「リリィ・デルデヴェール、貴女との決闘に応じましょう。俺は、貴女を下し、ノワール様を救う」  

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