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「――ルージュがああなったのは、ジャバウォックが破られたから……ということか。しかも二重契約をしていたからその反動も大きくなった、と」
「……正直、目を疑いましたよ。あの、元奴隷がジャバウォックを破ったなんて」
「……別に、不思議なことではない。彼の魔力量は元々俺とほぼ同等のものだった。戦闘技術さえ身につければ俺と並ぶことだってできるだろう」
リリィを施設まで連れ帰ったアベルは、ノワールに事の顛末を報告した。ジャバウォックがラズワードに破られ、リリィが戦闘不能に陥っていたこと。ジャバウォックには二重契約がかけられていたということ。口を割ろうとしないリリィからはほとんど情報を得られなかったが、アベルが到着したときの状況だけでもかなり異常な状況であることがわかる。絶対不敗のジャバウォックがただの一従者である青年に倒されるなど。
しかし、ノワールはアベルの報告に驚きひとつ見せることはなかった。顔色一つ変えず、至極当然のことのように聞いている。
「っていうか、もうすでにノワールさんのこと、抜いていたりして」
「それはないな」
「えっ、即答?」
「――彼には戦う理由が欠けている」
「……戦う理由なんて要ります? それに、ノワールさんだってないでしょう? 戦う理由」
「……俺には、ある。「ノワール」の名前を科せられた時から、俺は俺として生きるために戦わなければいけなかった。俺は生きるために、戦う。いつか、死ぬときのためにね」
「……ふん、なるほど。戦う理由、ね」
アベルはノワールの言葉を聞きながら、ラズワードのことを思い出していた。アベルには、ノワールの言っていることの意味があまりわからない。ノワールのことも、ラズワードのこともあまり知らないからだ。ただ、たしかにリリィを迎えに行った先にいたラズワードの目は――ノワールに勝てるような目をしていなかった。
「ラズワードも、従者であるハル様のために戦っている……それは知っている。けれど、それは俺を討てる熱にはなり得ない」
「そもそもノワールさんに勝つことがハル様のためになりませんしね」
「……そういうことだ。彼の戦う理由はハル様のためにあるのであって、俺に勝つためにあるものではない。……が、それでいい。彼の居場所は、レッドフォードにある。俺の屍の隣にはない」
「……? ふうん? なんかよくわかんないっすけど」
アベルは首をかしげ、あまり納得のいかない調子で相槌をうっていた。実力主義のアベルは、戦いの勝敗はすべて力が左右すると信じている。だから、ノワールの言っている精神論に近い答えは、すぐにのみ込むことができない。
……しかし、ほぼ同等の力を持っている同士となれば、最後には心の勝負になるのだろうか。その可能性を、アベルは否定できなかった。ラズワードの目を見て直感的に「ノワールに負ける」と感じた感覚は、その可能性の存在を認めるものになるかもしれない。
「……でも、ノワールさん。彼の剣に、焦がれているでしょう」
「……否定はしない」
「うわあ、怖い。ノワールさんがそうやって誰かに執着してる時って、めちゃくちゃ怖いですよ。寒気しますもん」
「……ルージュの様子を見てくる」
「……へえい。いってらっしゃい」
ノワールがリリィのいる医務室に向かって歩き出す。その瞬間、アベルは脱力したように大きなためいきをついた。
ノワールから発せられる、真っ暗な奈落のような闇が、熱を孕んでいた。それに、アベルは終始あてられていたのである。いつもは冷たいはずのノワールが纏う空気。それが、時折業火のような熱を帯びる。そうなった彼がどうなるのか――アベルは知っていた。
「こっわ~。化物の目だ、アレ。ラズワードくん食い殺されちゃうなあ」
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