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 リリィは医務室のベッドで休んでいた。リリィは繋がりの強いジャバウォックの肉体が破壊されたことによるショックで体を動かすことができなくなっている。特別な治療方法はないため、体を休め、時間をかけてジャバウォックとの契約の魔力の流れを修復していくことが必要となる。  リリィの様子を聞いたノワールは、思った以上にダメージを受けているリリィの様子に寒気を覚えた。今回はジャバウォックが完全に殺されなかったため大事には至らなかったものの、運が悪ければリリィがショック死した可能性だってあった。それもこれも、リリィが二重契約などという無茶をした上で、自分よりも実力が上の相手に勝負を挑んだことが原因だ。ノワールは、リリィがそうして危険な勝負に身を投じたことに恐怖を覚えたのだ。  ノワールがリリィの側へ近づいてみれば、リリィは目を覚ましていた。ぱち、と目が合って、そのいつもと同じ顔色にノワールはほっとする。しかし、安堵ばかりはしていられない。今回リリィのしたことは、命令違反である。今後同じようなことを繰り返されたとしたら、今度こそは――リリィが命を落とすかもしれない。 「――ルージュ。今回ばかりは、さすがに君の行動を咎めなければいけない。なぜ、あの地に赴いた。行くなと言ったはずだ」 「……」 「……、それに……ジャバウォックとの二重契約と、ラズワード・ベル・ワイルディングと争ったこと……やってはいけないことばかりをして、どうしたんだ。無事だったからよかったものの……何かがあってからでは遅いんだ」  ノワールは普段は滅多にリリィを叱ることはないが、今日ばかりはそうもしていられなかった。下手をすれば命を落とす可能性だってあった行動を、いくつもしているのだ。ルージュという立場であるリリィがそのような行動をすることは、許されない。ノワールは「ノワール」として、リリィにはっきりと言わなければいけなかった。 「……ラズワードに、勝ちたかったの」 「……ラズワードに? もしかして、最近のマクファーレンの不審な動きと関係あるのか? ラズワードはたしかにマクファーレンに関与している可能性はあるけれど……」 「いいえ……ラズワードが神族への反乱を起こそうが私にはどうでもいい。私は、「ルージュ」としてではなく、「リリィ」として勝負を挑んだ。」 「……? リリィにラズワードと戦う理由なんてあったの?」 「……それは貴方には言えない。……貴方も、それ以上聞く必要ないでしょう。「ノワール」として、私に聞き出すべきことはもう足りているはず」 「じゃあ、……俺個人として聞くよ。誰のために、ラズワードと戦った。君はずっと――自分自身を傷つけてきた。今回も、君は……」 「……っ、ふ、……ノワール、それは違う。ごめんね、今回は違うの」  ――ノワールとリリィはお互いに感じていた。「話がかみ合わない」と。その原因を知ったリリィは、思わず吹き出してしまう。  ノワールは、リリィがラズワードに戦いを挑んだ理由を「あるもの」に決めつけていたのだ。それに従って尋問していたため、リリィと全く話がかみ合わなかった。  リリィは、自分の存在を認められない少女だった。そして、それゆえに――自分自身を認めるために、「強くなりたい」と切望する少女だった。リリィがラズワードに勝負を挑んだのはそこにあるのではないか――ノワールはそう思っていたのだ。ノワールが認める強さを持つラズワードに勝利することによって、リリィは自分自身を認めようとしているのではないかと。そのために、無茶をしたのではないかと。  しかし――実際のところは、全く違う。そしてその理由を、ノワールが知るはずもなかったのだ。 「誰のために戦ったか――それを、口にしては戦った意味がない。だから、それは言えないの、ノワール」 「リリィ――……」  リリィは戸惑うノワールを見上げ、うっすらと微笑んだ。リリィの願いも、ラズワードの苦しみも、ノワールは全く知らないのだろう――そう思うとおかしくて仕方なかった。誰よりも聡い彼にも悟れないことがあるのだと思うと、少しだけ楽しくなった。 「処罰は、きちんと受けます。これから命令違反をすることも致しません。……この件に関して、貴方と話すことは以上。「ノワール」としての貴方とも、貴方個人にも」 「……そうか」 「……それから、ひとつ――伝えなければいけないことがある。ラズワードから伝言よ。不本意ではあるけれど、ちゃんとノワールに伝えないとね」  リリィとラズワードの戦いの根本的な部分を隠されてしまったノワールは、当然のことながら腑に落ちない様子だったが――こうなったリリィからそれ以上を聞き出すのは難しい。仕方なく折れたノワールに、リリィは静かな声で告げる。 「「会いたい」って。ラズワードが言っていた」

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