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「――ああ、おかえり、ラズ」 「……ハル様。ただいま帰りました」  アザレアに言われた通りにハルの部屋に行けば、彼はいつものように穏やかにラズワードを迎え入れてくれた。てっきり、重い話が待っているのかと思っていたラズワードは、思わず拍子抜けしてしまう。  黙っておくわけにはいかないのだが、まだ、心の整理がついていなかった。 「あの……ハル様、話があるって……」 「ああ、うん」  ラズワードから話を振れば、ハルはどことなく覇気のない声を出す。そこで――ラズワードは、気付いた。ハルの様子が、いつもとは違うということに。  笑ってはいる。しかし――目が、どこを見ているのかわからない。瞳がどこか翳りを帯びていて、何を考えているのかがわからない。 「――ラズ」 「はっ……はい……」  ちら、とハルがラズワードを見つめる。ラズワードは冷水をかけられたように血の気が引いて、足がすくんでしまった。  ハルのそんな表情を見たことがない。こんなにも、何を考えているのかわからない、怒っているのか哀しんでいるのかさえわからない、仄暗い瞳を――初めて見た。 「明日から一週間くらい。二人で、旅行に行こう」 「……えっ?」 「別荘があるから、そこに。二人で、そこで過ごそうか」  ふっ、とハルが微笑む。  表情は柔らかい、言葉は嬉しいはずの誘い。それなのに――ラズワードは素直に喜べなかった。ハルが瞳の奥にしまい込んでいるものが、怖かった。

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