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「あ……」  この光景を、知っている。何度も焦がれた―― 「おい、てめェ……」  ロードリックがラズワードを睨む。  立ち姿が変わった。へっぴり腰で、武器の持ち方すらも知らない青年が、まるで別人のようになった。 「オレとヤるからには、手加減はしねェぞ。これ以上邪魔するなら、殺す」 「……殺されるつもりはありません。けれど、……ハルさまは俺がお護りします」 「そうかよ!」  ズン、とロードリックが一歩踏み出す。その瞬間地面が割れた。瞬く間にロードリックはラズワードの間合いへ入り、ガントレットを振るう。  ラズワードは、咄嗟にランスでガントレットを受けた。 「くっ……」  ビリビリと衝撃が腕に走る。骨が砕けてしまいそうだ。ランスを握る手がすり切れてしまう。  まだ、完全に薬が抜けきっていない。魔力がまともに使えない。  結局、ロードリックの攻撃を受けきれるほどに身体に魔力を回すことができず、ラズワードはそのまま吹き飛ばされてしまう。 「ラズ!」  ハルが叫ぶ。  ラズワードは受け身をとったが、そのまま外壁へ叩きつけられてしまった。 「っ……いっ、……てェ、」  口のなかに血の味がにじむ。骨が折れた。きっと、割れた骨が内臓に刺さっている。立ち上がろうと身体に力を込めると、強烈な痛みが身体に走る。 「……」  ラズワードが立ち上がる様子を、ロードリックはジッと眺めていた。  たしかに今のラズワードは弱いが、――ラズワードがロードリックの早さについてきたこと。受け身をとったこと。明らかに、ただの奴隷ではない。 「ハァ、……ハァ、……」  痛い。死ぬほど痛い。  口から零れた血を拭って、ラズワードが立ち上がる。  けれども、痛みで頭がさえてきた。少しずつ、少しずつ、魔力の計算式が頭のなかで鮮明になってゆく。使える。今なら、いつものように魔力を使える――!  治癒魔術を使ってみる。傷が、みるみると塞がってゆく。薬もどんどん解毒されてゆく。これなら、ロードリックと戦える。 「おい、……てめェ、何モンだ! ただの奴隷じゃねェな」 「奴隷ではありません。ただ……ハル様を護ると決めた、それだけの男です」 「……名前は。オレは、ロードリック・フィル・ブライアーズってェんだ。オレとヤるってなら、名を交わそうぜ」 「名乗る名前はありません」 「……チッ、つまんねえ野郎だな」  ラズワードは「自分」を答えられなかった。  “ハルの従者”――否。ハルを裏切り、ハルを泣かせた、そんな自分は彼の側にはもういられない。  “ワイルディング家の男”――否。ワイルディング家は仮にも騎士の家。その歴史の恥となるような自分は、ワイルディングを名乗れない。  黙りこくるラズワードを見て、ロードリックが舌打ちを打つ。なんなんだアイツは、と。 「……ロードリック様。構えて下さい。俺も本気でいきます」 「……ハッ、……いいぜ、来な!」  つまらねえ男。でも強い。そうロードリックが確信した瞬間――ラズワードは、ロードリックの間合いにいた。 「――!?」  ラズワードはランスの柄を振るい、思い切りロードリックの腹に叩き込む。  ヒュ、とランスの柄が風を切る音がして、それと同時にロードリックは腹部にすさまじい衝撃を感じた。  何が起こったのかもわからない。ただただ、攻撃を食らったのだということだけを理解する。 「ガッ……!」  ロードリックは受けきれず、吹っ飛ばされてしまった。受け身もとれないままに、地面に転がってしまう。 「な、」  早いなんてものじゃない。見えなかった。  あれがランスではなく剣だったなら、もう胴を真っ二つにされて死んでいただろう。そもそも、ラズワードが本気でランスを振るっていたなら……全身の骨がくだけて即死していた。  あいつ――強い、とか、そういう次元じゃない。 「ぐっ……ハァ、……てめェ……もう一度聞くぜ、どこの家のもんだ」 「……」 「――は、じゃあオレの予想だ……ワイルディング家……違うか!」 「えっ……」  何故わかった……?  ラズワードが戸惑っている間に、ロードリックはずるずると立ち上がる。口から血を吐きながら、ニイッと笑った。 「ハァ、ハァ……当たりって顔だな」 「何故……」 「何故……? そりゃあ水の天使でそこまで強いといったらガブリエルの使徒、ワイルディング家の人間だからに決まってらァ! これが水の天使の真の力か、この目でまみえることになるとはなァ!」 「が、ガブリエル……?」  何を言っているあの男……。  ラズワードがチラリとハルをうかがい見てみても、ハルも意味がわからないといった顔をしている。  ガブリエルといえば、もともとは4大天使として数えられていた「裏切りの天使」。ミカエル・ラファエル・ウリエルと共にいたが……ルシファーと恋に堕ち、「裏切りもの」と呼ばれるようになった。……と語られているが、そのガブリエルが何故今出てくるのか。 「なんだよ……ワイルディング家の生まれでも、ガブリエルのこと知らねェのか……とことんつまんねェ野郎だな、てめェ……」 「ロードリック様、何故、」 「ハ、終わりだ終わり。てめェと話してもつまんねェ。てめェとは、拳で語り合うのが一番みたいだしなァ!」  ロードリックが両手のガントレットと叩き合わせる。  気になることは山ほどあるが、もうロードリックは教えてくれなさそうだ。ラズワードもランスを構えた。 「ンじゃ、いくぜ! 今度こそ、てめェも本気でこいよな!」  ロードリックがガントレットで地面を叩く。その瞬間、地面から柱が昇り上がってきた。大量の柱はそのままラズワードのもとへ向かってゆく。   「土の魔術……」  ブライアーズ家はウリエルに啓示を受けた、土の天使の家系だ。だから、ロードリックが使うのももちろん土の魔術。ラズワードは土の魔術を使うものと戦い慣れていなかったが、なるほどこれは強い。  だがこちらも地形を変える魔術に対抗できないわけではない。ラズワードがブンッとランスを振り回すと、ラズワードを中心として地面が一気に凍り付いた。それはそのまま巨大な氷山となって、土の柱へ向かってゆく。 「水の魔術はこんなこともできんのか、おもしれェ! ……あ?」  土の柱と氷山が激突するかと見守っていたロードリックは、その光景にギョッとした。自らが作った氷山の上を、ラズワードが駆けてくる。ラズワードは氷山を蹴って飛び上がり、土の柱を破壊して、すさまじい勢いでロードリックのもとへ向かってきた。  土の柱を形成するのにやっとだったロードリックは、焦って構える。しかし時は遅く、ラズワードはあっさりと土の柱をすべて砕いて、ロードリックを蹴り飛ばした。 「ガッ……!」  転がり倒れたロードリックの顔の真横に、ドス、とランスが突き刺さる。  ロードリックの視界には、太陽に照らされるラズワードの顔が映るだけだった。 「俺の勝ちということでよろしいですか、ロードリック様」 「……まじかよ、完敗じゃねェか……」 「……いえ、貴方にも手加減していただきました」 「最初だけだろ。今は本気だったぜ。……てめェは本気じゃなかったな」  ロードリックはぐったりと大の字になりながら、背を向けたラズワードを見つめていた。  なんだって、あんなに強ェのに……クソつまんなそうな顔しやがって。  なぜだかロードリックはむしゃくしゃしてラズワードに掴みかかりたかったが、身体が痛すぎて動かない。 「おい、おーい! 手加減ついでに、オレの傷治してくれよ! 痛くて動けねえ! これじゃ帰れねェよ! 治癒魔術使えんだろ?」  そうするとラズワードは振り返って、困ったように微笑んだ。

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