1 / 6
新居にて
志狼はタマを家に連れ帰った。
「え……ここ?」
鉄平は目をまん丸に見開いて聞いた。
志狼は独身で一人暮らしだと聞いていたが、目の前にはなかなか立派な日本家屋の一軒家だったからだ。
「ああ。ほら、さっさと上がれ」
「あ、はい。おじゃましまーす」
ぺこりと頭を下げて、鉄平は靴を脱いで上がった。
玄関でしゃがんできちんと靴を揃えている鉄平を見て「可愛いことしてんじゃねぇよ」と、志狼は心の中で独り言ちた。
志狼の後ろについて歩きながら、キョロキョロと見回す鉄平は、連れ帰られた野良猫のようだった。
───やっぱり可愛いな。おい。
「ここが台所であっちが風呂場だ。この部屋はお前が好きに使ったらいい」
志狼は大雑把に説明をした。
初めての場所で慣れない子猫のように、相変わらず鉄平はそわそわキョトキョトしている。
「ぅわっ!」
その様子が可愛いくて、志狼は鉄平を向かい合わせに抱き上げた。
片手で腰を抱き、もう一方の手で小作りな頭を掴む。
「え? あっ、ちょっと待っ……んんっ!」
志狼は鉄平にキスをして、すぐに舌を絡めた。小さな口の中を傍若無人に舐め尽くす。
「……逃げんな。舌を使え」
「ん……だって。むぅ、あ」
唇を触れあわせたまま「舌を伸ばしてみろ」と、甘い声で囁いた。
そろそろと鉄平が舌を伸ばす。
志狼はその小さな舌をチロチロと舐めて、ちゅっと吸った。
「んふ……ふ……ぅ」
きゅっと目を閉じた鉄平の顔を、じっと見つめながら濃厚なキスを続けた。
鉄平は真っ赤になって、小さく震えながら口付けを受けている。
あれだけ濃厚なセックスをした後だというのに、キスひとつで顔を赤くする鉄平が可愛いかった。
「ん、ん……っ……ん、ふぅ」
舌を絡めて深く口付けて、鉄平の喉が互いの唾液を飲み込む音を聞いて、そっと唇を解いた。
唇の間を唾液の糸が引く。志狼は大きな舌でベロリと鉄平の唇をひと舐めした。
───グ~キュルル~
濃密な空気とは場違いな音がした。
鉄平の腹から。
「あ。う……あのっ……」
鉄平は更に顔を赤くして、オロオロと狼狽えた。
堪らず志狼はブハッと笑いだした。
「タマ、腹減ってんのか?」
「いえ、あの……ハイ。減って、います」
モジモジと鉄平が答える。
志狼は笑いながら「寿司は好きか?」と、聞いた。
「お寿司!?」
鉄平が丸い瞳をキラキラさせて志狼を見た。
小さな子供みたいな顔に志狼は笑う。
思えば、こんなに屈託無く笑うことなど久しぶりだった。
志狼は拾ってきた子猫をデレデレに甘やかしたい気分になって、ちゅっと頬に口付けた。
志狼は出前で特上寿司を頼んだ。
鉄平は座敷でちょこんと正座して、目をキラキラさせている。
「好きなの食えよ」
「いただきます」
鉄平は行儀よく手を合わせてから、卵焼きを取った。
「お前、遠慮すんなよ。トロ食え。トロ」
「あっ。俺、卵好きなんで。でも、じゃあトロもいただきます」
「なら卵は全部お前が食っていいぞ」
モグモグと卵焼きを頬張る鉄平は無言でコクコク頷いた。
口の小さな鉄平は、寿司一貫で頬っぺたがぱんぱんになってしまっていた。
ビールを飲みながら、志狼は微笑ましく見つめる。
貧乏子だくさんの玉山家では、滅多に寿司など食べれない。行っても1皿100円の回転寿司だ。
美味しい美味しい、と嬉しそうに食べる鉄平のことが、志狼は可愛いくてしかたない。
相手を甘やかしたいなどと思うこと自体が志狼には初めてのことだった。
───この家に他人を入れることも。
志狼の携帯に電話がかかってきた。着信表示を見て「食ってろ」と、告げて部屋を出る。
贔屓にしている情報屋からだ。鉄平が逃げてきた闇金について調べさせていた。
後ろ盾の弱いケチな三流の闇金だ。志狼が脅せば、鉄平が追いかけられることもなくなるだろう。
「おい……」
電話を切り、部屋に戻ると鉄平の姿が無い。
よく見ると座布団の上にうずくまって寝ていた。腹が膨れて眠くなったのだろう。
「こんなところで寝ると風邪ひくぞ」
志狼は苦笑しながら鉄平を抱き上げた。
───パンパンだ。
鉄平のお腹はパンパンになっていて、ミルクを飲んだ後の子猫のようだった。
───なんだこの可愛い生き物は。
志狼は鉄平を布団に寝かせて、そっと額にキスをした。
そして、自分は風呂に入ることにした。本当は鉄平と入りたかったが。
志狼は風呂が好きなのだ。
「お休み、タマ」
志狼はそっと襖を閉めた。
ともだちにシェアしよう!