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放浪する猫
翌朝、志狼は鉄平を抱いたまま目覚めた。
昨夜はぐっすり眠れた。鉄平は体温が高くて、抱き心地が良くて、まるで最高の抱き枕だと思った。
まだ眠っている腕の中の少年を志狼はぼんやり見つめた。
「んん……」
寝ぼけているのか、鉄平はぐりぐりと志狼の胸に頭を擦りつけた。納まりのいいポジションを見つけて、またぴたっとくっついて安らかな寝息をたてた。
志狼はたまらなくなって、眠る鉄平に噛みつくように口付けた。
「……ん……ふっ……んん!?」
息苦しさゆ鉄平がぱちっと目を開けた。
志狼は舌を入れて、朝から濃厚なキスをした。
「……ん、むぅ!……はぁっ」
ひとしきり舐めまわして、ちゅっと音を立てて唇を解放する。
「はぁっ……な、なに!?」
「おはよう。タマ」
「……はい。お、はようございます」
まだ少し寝ぼけ声で、マがおはようと返す。
このまま体を開かせたいが、仕事に行かねばならない。
もう一度キスをして、志狼は布団から出た。
「昨夜そのまま寝ちまっただろ。風呂入りたかったら、好きに使え。しばらくアパートには戻るなよ。とりあえずの着替えや食い物はこれで好きに買え」
志狼はぽんと8万ほど鉄平に渡した。
「ええっ! こんなに!? ダメだよっ!」
鉄平は手をフルフルと振りながら、後ずさった。
「いいから。あんまり遠くに行くんじゃないぞ。俺は遅くなるから先に飯も食っとけ」
志狼は鉄平の頭をくしゃくしゃと撫でて、気にするなと言う。
玄関で合鍵を鉄平に渡した。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
鉄平に見送られて、志狼はくすぐったい気持ちになる。
こうして誰かに見送られることなど久しくなかった。
志狼は薄い唇に微笑を浮かべて、家を出た。
鉄平は志狼を見送って、ぽつんと玄関に立っていた。
───どうしよう。
志狼はアッサリと、大金と家の鍵を渡して行ってしまった。
───いいのかな? こんなに甘えちゃって。
レイプまがいに抱かれたというのに、鉄平は志狼の世話になることに申し訳ない気持ちになっていた。
しばらく玄関に立っていたが、少し家の中を探検することにした。
それでも家主がいない家をうろつくのは気が引ける。
誰もいないが、少し遠慮がちにちょこちょこ歩いてキッチンへ入った。
冷蔵庫を開けたが中は少ない。というか、ビールばっかりだ。
二階に上がるのは止めておく。
古いが立派な広い家だ。ここに志狼一人で住んでいるのだという。
───寂しくないのかな?
一人きりになったこの家はひどく静かだった。
鉄平は大家族だ。
鉄平は勉強が嫌いだったので、中卒で働きたかったが、両親は絶対に高校だけは出ろと、貧乏だったが子供たちを学校に行かせた。
兄弟喧嘩もしょっちゅうだが、賑やかで支え合っていた。
置いてけぼりはくらったけれど……仕方なかったんだと思う。弟達はまだ小さい。
弟達を連れて逃げる方が先だったのだろう。両親も必死だったと思う。
鉄平はとりあえず風呂に入ることにした。
「広っ!!」
志狼の家の風呂は改装済みで広くて、湯船もでかかった。ジャグジーまで付いている。
そういえば、初めて会ったときも風呂に直行してたな。
一昨日の夜のことを思い出し、鉄平は頬を染める。
鉄平はお湯をためて、この広い浴槽で朝風呂を楽しむことにした。
この日、鉄平はファストファッションの着替えや下着を買い、コンビニでおにぎりを買って帰った。
──なにか、忘れてる気がする……
「あ!」
昨日も今日も、バイトのシフトが入っていたのを思い出した。
闇金業者に追いかけられて、携帯はカバンごと落としてきてしまった。
昨夜はお腹いっぱいになって、爆睡していた。
───どうしよ。
志狼の連絡先も知らない。
でも、バイト先に迷惑をかけるのも嫌だった。
鉄平は合鍵を手にして家を出た。
志狼が家に帰ると、鉄平は家にいなかった。
「タマ?」
時刻は23時すぎだ。
鉄平が買ってきただろう洋服の袋が置いてあった。
食い物でも買いにいったのだろうか?
志狼はスーツを脱ぎ、部屋着に着替える。
冷蔵庫からビールを出して開けた。
冷えたビールを飲んで、一人の静けさを感じていた。
よくしゃべるわけじゃないが、鉄平がいないと、ひどく静かに感じる。
闇金とは話をつけてきた。
奴らに捕まったなんてことはないだろう。
───まさか……事故にでもあったとか、何かあったのか!?
缶を置き、鉄平を探しに行こうと玄関に向かうと、引き戸がガラガラと開いた。
「タマ!」
「あ。おかえりなさい」
鉄平が志狼を見てのんきな声で言った。
志狼はほっとして鉄平の腕を掴み引き寄せた。
「どこ行ってた?」
「えと、バイト。昨日すっぽかしちゃったし」
「心配するだろうが」
「だ、だって、あんたの連絡先知らないし……」
「あんた」と呼んだ鉄平に、志狼は片眉をピクリと上げた。
鉄平は身をよじって、志狼の腕から抜けようとした。
「遠くには行くなって言っただろう」
「でも、バイト先に迷惑かけちゃうし。クビになっちゃう」
「バイトなんかやめろ」
「なんで? 無理だよ」
もがいて言い訳をする鉄平に志狼はイラつく。
先程までの心配心が怒りにすり替わっていく。
「わぁ!?」
志狼は鉄平を肩に担いだ。
「お仕置きだ。タマ」
「え? え!? なんで!?」
志狼は鉄平を寝室に運んだ。
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