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「……!」  莉一のマンションにたどり着いた契は、その部屋に驚いた。    ドラマでしかでてこないような、マンションの最上階にある広い部屋。契も屋敷に住んでいるからそこまでのギャップは感じなかったが、自分とそう歳の変わらない彼がここに住んでいるという事実には驚愕せざるをえない。それにセンスの固まりのようなインテリアとそれらのレイアウト、契が緊張してしまうのは仕方のないことだった。 「あはは、固まってないでこっちおいで」 「はっ……はい……」  莉一が契の手を引いて、部屋の中央に置かれた大きなソファに誘導する。ソファの前にはガラス張りのテーブル、シアターセットが装備された大きなテレビ。鳴宮家とはまた違った雰囲気の大金持ちといった雰囲気が、契の体をこわばらせる。柔和な莉一の笑顔が、まだ救いだった。  ソファは柔らかく、座ると体が深く沈む。座り心地のよいそれに契が放心していれば……莉一が、ちらりと契を見つめてくる。 「緊張してるの?」 「あっ……えっと、……はい、……だって、あこがれの、……莉一さん、ですし」 「僕のでてるドラマとか、みた?」 「……はい。『としカレ』、この前の回みました」 「そっか。じゃあ、こういうシーン覚えてる?」 「?」    『としカレ』、契は毎回みているわけではないが、前回はたまたまテレビについていたのを見ていた。内容には全く興味がなかったが、莉一のシーンはやはり覚えている。  『としカレ』は、年下のイケメン後輩に振り回されるバリバリのキャリアウーマンのラブストーリー。毎回刺激的なシーンが入るので有名で、女子からの人気が高い。たしか前回の『としカレ』は…… 「ヒロキ(ドラマの役名)の家に誘われたマユキが、こうしてソファに座っていると」 「へっ」  莉一が契の腰に手を回してくる。そして……ぐっと肩を押して、押し倒してきた。  急に押し倒された契はパニックになって顔をかっと赤らめる。混乱する契に、莉一は構うこともなく。ぐっと顔を近づけてきて――そう、あのドラマのように。いや、ドラマ以上の。せっぱ詰まった表情を見せてきた。 「――もう、我慢できない、契くん」 「……っ」  ドラマの「あの」シーンを思い出して、契は頭が真っ白になる。  ドラマでは、マユキは必死に抵抗していた。その姿がまた「ツンデレ」っぽくて良いと言われていたのだが……こうして、マユキの視点になると。とてもじゃないが、抵抗なんてできない。莉一に、こんな顔をされてこんなことを言われて、骨抜きにされない人間なんて存在するのだろうか。  このあとにくるのは……ヒロキとマユキの、激しいキスシーン。ドラマ至上最もエロいなんて過ぎたことまで言われていた、ある意味伝説のキスがくる。まさか、自分もされてしまうのだろうか……キスをされた後にトロトロになって絆されまくっていたマユキのようになってしまうのだろうか。この後の展開を想像した契はどうしようかと焦ったが、体が動かない。もはや魔法でもつかっているのかと思うくらいのすさまじい莉一の色気に、頭が溶かされている。 「あっ……」  莉一の手が、契の後頭部に添えられる。さっきまでの穏やかな雰囲気とはまるで違う、サディスティックで、それでいて甘ったるい莉一の瞳。もう、体が莉一の精子が欲しいとでもいっているかのように、全身が熱くなる。  顔を近づけられて、……莉一が、触れる直前に顔の角度を変えて。キスをされる、そう感じた瞬間。契はぎゅっと目を閉じて、頭の中で言う。 (氷高……ごめん……)  もう、莉一にキスをされて体も心も莉一のものになってしまう、そんな予感を感じた契の頭には、なぜか氷高の顔が浮かんだ。 「……契くん」 「……?」  しかし。  莉一は、一向にキスをしてこない。なんだろうと瞼を開けてみれば……莉一がにっこりと笑って起きあがっている。状況が飲めない契が目をぱちくりとさせていると。 「ごめんね、冗談だよ。それとも、このままキスさせてくれる?」 「……っ、な、……何言ってるんですかっ、莉一さん……!」  莉一がからからと笑って、契の体を引き起こしてくれた。からかわれたのだと気付いた契は、顔を真っ赤にしながら体を起こす。本気でキスをされると思って、目まで閉じてしまった。  ……まあ、こんなにすごい俳優がこんな一般人にキスなんてするわけない、けれど。  引き起こされた流れで莉一の胸に顔を埋めることになった契は、恥ずかしさで動けなかった。耳まで赤くしながら莉一にしがみついて……そして、ふと思う。  なんで、氷高のこと考えていたんだろう。と。 「顔あげて、契くん」  今、氷高なんて関係ないのに。  氷高のことを頭に浮かべて、しかもなぜか「ごめん」なんて思ってしまった自分が恨めしい。わけがわからない。あんなわけのわからない男、放っておけばいいのに。  契は自分自身に混乱しながら、ゆっくりと顔をあげる。今、自分の目の前にいるのは莉一なんだ、そう言い聞かせながら。 「あっ」  不意打ちのように――莉一がほっぺにキスをしてきた。びっくりして目を丸くしてる契に、莉一がにっと笑いながら囁いてくる。 「さっきの、演技だと思う?」 「ど、どういう……」 「……あっちの部屋いこうか、契くん」  ヒロキなのか、莉一なのか。どちらなのかわからない、挑発的な莉一の表情。固まっている契の手を引いて、莉一が立ち上がる。 「あ、あっちの部屋って……」 「ベッド」 「……っ、り、りーちさん、……あのっ……」  莉一が歩けば、契の足が勝手に動く。  ベッド、と聞いてなにもわからないほど契は鈍くない。そこで、自分は彼に抱かれるのだと、さすがの契も察することができた。  けれど、契は立ち止まらなかった。氷高のことを吹っ切りたかった。氷高のことをうじうじと考えて悩むのがいやで。莉一に抱かれてしまいたい、そう思ったから。

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