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「大した挑発ですね。私を、貴方の家に呼ぶとは」
「ええ? だって、僕が契くんを学校に送ったりしたら、大騒ぎになるでしょ?」
次の日の朝、氷高は莉一の家に呼び出された。契を学校まで送っていくためである。チャイムの音に莉一が玄関を開けるなり氷高が不機嫌そうな顔で立っていたものだから、莉一は思わず吹き出してしまった。
「ごめんね、執事さん。こんな朝早くに呼び出しちゃって」
「それは構いません。しかし、貴方の顔を朝から見るのは気分が悪い」
「うわっ。すごい敵視されてる。露骨すぎていっそ気持ちいいくらい」
莉一は契を鳴宮邸から連れ出す際、氷高に挑戦的な言葉を言ったことを思い出して苦笑いする。クールな印象の氷高だが、意外に感情をはっきりと露わにするらしい。ぴしっと整った執事服を身につけた彼が、苛立ち気味に瞼に力がはいっているのは、なんとも不釣り合いでおもしろい。
「まあ、安心してよ。最後まではしてないし。契くんに抵抗されちゃった」
「抵抗……ですか」
「……抵抗っていうか、契くんが本心から僕としたそうじゃなかったもので、僕がやめたんだけど。うーん、押せばいけそうだったし、無理矢理心奪っちゃうのもありだったんだけどね、とりあえず今回はやめておいたよ」
「……それは素直に感謝すればいいのでしょうか」
「もちろん。ちょっとは氷高さんのことを想ってやったんだよ? 今の氷高さんに勝っても嬉しくないから」
莉一がにこっと柔らかくほほえむ。氷高は彼の言っていることの意味がわからずに、眉を顰めた。そんな表情すらも可愛いと莉一は思ったのだろう、ふふ、と楽しげな笑い声をだして、一歩、また一歩と氷高に近づく。
そして――氷高を扉まで追い込むと、とん、と壁に手を突いて、距離をつめた。
「お礼としてさ、契くんが氷高さんか僕のものになったあと、3Pさせてよ。」
「……、そんな、下品な」
「契くんが可愛く鳴くところと、氷高さんが契くんに必死なところ、みたい」
「――悪趣味だ。私は執事として契さまをこの世で一番に愛し、尊敬し、大切に思っているだけ。私の存在が、貴方の興味をそそるようなことは、ない。それに、貴方の下世話な嗜好に契さまを付き合わせるようなことを、絶対にしたくない」
「……説得力ないなあ。誰に言ってんの、それ。自分?」
日本中の女が抱かれたいと思うような美しい顔を持つ莉一。そんな彼に息がかかるほどに顔を近づけられても、氷高は一切の物怖じをしない。むしろ眼光を強めるばかりである。
しかし、言葉はどこか浮わついている。語気は強いのに、地に足がついていない。
氷高がどうしても「本心」を口にする気がないと悟った莉一は、呆れたようにため息をつくと、氷高から離れてゆく。
「……執事としての愛で、キスマークなんてつけないよ? 普通」
「契くん起こしてくるね」そういって、莉一は部屋の奥に行ってしまった。
氷高は妙に気疲れを起こしてしまって、莉一の背中を見つめながら深いため息をつく。自分の吐いた全ての言葉のあまりの嘘くささに、氷高自身が違和感を覚えていた。嘘くさい言葉をたくさん吐いてしまったせいで、こんなにも疲れてしまったのだろう。
この状態のまま、契に会うのは億劫だった。こんなことを考えてしまうのは始めてだった。
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