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 昼間の仕事を一通り終えた氷高は、休憩をとるべく自室に戻っていた。ソファに座って、天井を仰ぎ見るようにして背もたれに体を預ける。 「契さま……」  目を閉じれば、どうしても契の顔が頭の中に浮かんできた。契のことを考えてしまうのはいつものこと。ただ、今日はいつもとは違っていた。……いや、今日ではない。最近は、ずっと、変だ。  氷高は契が幼い頃からずっと、彼のことを一番に考えていた。契が世界一美しいと思っていたし、契のことが世界で一番好きだった。彼の仕草のすべてに惚れ惚れしてしまうし、彼の言葉のすべてが心を打った。それくらいに氷高の中で契は「一番」だったから、氷高の中にある欲求が全て彼に向けられてしまうのは仕方のないことであった。契を見ていたい、契に触れてみたい、契にキスをしたい、契とセックスがしたい。そんな欲求は氷高のなかでまるで当然のように存在していたのだった。  ただ、それは、きっと。他の人が聞けば、歪な想いだった。氷高は契と恋人になれたら幸せだと思っていた。けれど――契に恋をしていたわけではなかった。氷高は契と恋をしたかったわけではない、契を永遠に自分の「一番」にしたかったのである。  まるで神様のように契を慕い、自分の中の絶対的な存在とし。性別すらも越えて契のことを敬愛し、自分の全てを捧げる。「氷高悠維」という存在を、契に染め上げたかった。異常とも言える執心と盲信、それが氷高が契に対して抱えていた想いである。  そんな、契への想いに違和感を覚え始めたのは、最近のことだ。  氷高は、契を愛したい、その想いが叶うことこそがなによりの幸せだと思っていた。しかし――気付いてしまったのである。契に「愛されたい」と、望んでしまっていたということに。  氷高が触れたときに契が嬉しそうな顔をする、契が氷高に対して独占欲を顕わにしたような言葉を投げかける、契が自ら氷高にキスをする。その瞬間に、氷高は気が狂いそうになるほどの歓びを覚えていた。 (……くるしい、)  誰よりも敬愛する人。神様のような人。そんな人に、愛されたいと望むなど――烏滸がましい。氷高は自分の中で産声をあげたその感情に、強い嫌悪感を覚えていた。 (契さま……俺、おかしくなってしまいそうです)  自分と彼は、対等な存在ではない。彼に愛されたいと望むことも、彼を独り占めしたいと思うことも、絶対にあってはならない。ただ一方的に彼を愛することができたなら、それでよかったのに――……  ――目を閉じれば、夢をみる。望んではいけない、彼の姿を瞼の裏に浮かべてしまう。  ――自分だけに微笑みかける、彼の姿。「契さま」が自分だけを、その瞳に映している。

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